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本のおくりびと

上野 朱

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第2回 ページの間の物語

     「本、買い取ってもらえますか?」と、紙袋や段ボール箱を抱えたお客さんが入ってくる。持ち込まれた本をカウンターに積み上げ、まずはタイトルで仕分け。私の店ではビジネス書や自己啓発本は扱わなかったのでそれらはここで脱落する。次いで私が嫌いな著者の本は、たとえ新しくても脱落の山に加わる。持ち込まれたということは一度は買われたということであり、並べておけばまた売れるのかもしれないが、見たくない背文字の本を棚に置く必要もない。このあたりの専横、良く言えば自由さが古本屋の特権だ。だがそう言ってしまうとお客さんもいい気はしないだろうから、「うちでは扱いきれないジャンルなので」と逃げる。ものは言いよう、わざわざ角を立てることもあるまい。

     残った本の状態――ヤケや汚れを点検し、パラパラとページをめくって線引きや書き込みの有無を確かめてから買い取り価格を決定する、というのが店頭での流れである。だがお客さんを待たせて1ページずつじっくりと確認するわけにもいかず、さっと目を通すだけなので、薄いマーカーや鉛筆の書き込みを見逃すこともあるがそこはもう仕方がない。

     ある日のお客さんは「お金はいらない。引き取ってくれるだけでいいから」と言い残し、本を詰めた手提げ袋を置くと足早に去って行った。こういう買い取り(金を払っていないので買い取りと呼ぶのは正確ではないが)はゆっくり点検できるし接客の気遣いも不要でありがたい。が、袋から出した本の中からぱたりと落ちたのは、出入金や残高の数字も生々しいまだ使用中の預金通帳だった。お客さんは住所も告げずに帰ってしまったので、通帳に印字されたカタカナの名前だけでは連絡もできず、仕方なくその銀行に電話をして引き取りに来てもらったが、持ち主はさぞ探し回っていたことだろう。みなさん、たとえ家族に秘密の隠し口座であっても、本に通帳を挟むのはやめましょう。

     通帳が出てきたのはこの一度だけだが名刺やレシートはよくあることで、鉄道の切符が挟まれていることも幾度かあった。列車内で読んでいて栞代わりに挟んだのかもしれないが、どうやって改札を出たのかと余計な心配をする。

     発行年の古い本に手紙が挟み込まれていたこともある。それは恋文だったが封筒はなく便箋のみ。経年感に満ちた本にふさわしく文面も古風で格調高かったが、さてこの手紙は受け取った人が挟んだものか、あるいは書いた人が渡すのをためらっているうちに恋も破れてしまったのか。いずれにしても別のパートナーに見つかっていなければいいが、などいろいろ考えるがこれもいらぬお世話だ。ともあれ本に恋文を挟むのもやめましょう。

     古本屋としての矜恃を問われている気がしたのは、知り合いの父君が遺した蔵書を引き取りに行った時のこと。大正生まれのその方は長く筑豊に暮らし、閉山が相次ぐ産炭地の首切りや鉱害問題で、会社や行政を相手に闘った活動家のリーダー格だった。私の父が食うや食わずの独身貧乏暮らしだった頃、この方の家で食事や風呂をいただくことも一度や二度ではなかったようだ。しかし夫がそんな活動に没頭していたため家計は常に火の車で、妻が必死に働いて生活を支えながら2人の息子を育てたと聞く。

     2人の息子の兄曰く「ぼくが五右衛門風呂の火の番をしていると、風呂の中から英信さんが『○○君、この日本の社会を変えなきゃいけない。労働者が団結して革命を起こさなきゃいかんのだよ』と話しかけてきて、ぼくはそれを拝聴しながら薪をくべてたんだ」。

     弟のほうは「母は疲れ果てて、風呂に浸かったまま眠りよったよ。そんな苦労をさせる親父の活動が嫌いだった」と。ちなみに英信とは私の父だが、この兄弟には返す言葉もない。まずは風呂で眠り込む疲れた女をなくすこと、それが革命の第一歩かもしれない。

     そんな他家の風呂荒らし、食卓荒らしを親に持つ私に蔵書整理の声をかけてもらうなんてもったいないことだと思いつつ、主をなくして久しい書斎に入ってみれば、ドアと窓以外の壁面には本棚や書類棚が立ち並び、炭鉱や郷土史、労働運動や鉱害問題といった書籍や資料で埋まっていた。もちろん普通の小説や商品にならない週刊誌・月刊誌なども相当数含まれてはいたが、全部で軽ワゴン車5~6台分くらいあっただろうか。2日かけて持ち帰り、まずはいつものように分類と点検である。

     と、やや箱が膨らんで中身を出すのも窮屈な1冊が目にとまった。本の中に何か挟んであるに違いないがこういうものは要注意。下手をすると箱が壊れてしまうので慎重に抜き出せば、小口からなにやら緑がかった紙の端がのぞいている。どうせメモかパンフレットの類いだろうと開けばなんとそこには、聖徳太子の1万円札が何枚も挟まれていた。この旧札から福沢諭吉の新札に変わってすでに久しい。そのうえ昔も今も万札とは縁の薄い私はその色合いなどすっかり忘れていたのだが、そうかこんな色と大きさだったんだ。

     折り目ひとつない聖徳太子を数えると27枚。これだけあればしばらくは家賃の心配をしなくてすむと耳の底で誰かが囁いたが、私が引き取ったのは本であって金ではないのだから、夾雑物は返却するのが道理だ。なにより、私の父らと共に革命を目指した故人の遺産を着服するなんてそれこそ反革命の所業だ! と階級的痩せ我慢。すでに夜も更けていたが、かつて私の父のために風呂を焚いてくれた人のところへそのお金を届けに行った。

     「君、正直者やなあ」――いえ、こういうのをネコババできるようなら蔵が建ってます。

     「せめて1割だけでも君に」――滅相もない! そんなやりとりの後、その人は呟いた。

     「ぼくは親父から金をもらったのは生まれて初めてだ…」――ちょっと嬉しい夜だった。

     

     

    [© Akashi Ueno]

     

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