ストレスが頂点に達すると物をやたら捨てる癖がある。四十五リットルのゴミ袋がぱんぱんになるまで家じゅうを夜な夜な徘徊する。いけないとわかっていながらも、子どもの所有物までぽいぽい袋に放り込んでいく。コーヒーミル、ミニスカート、赤べこ、時計…。捨てることは私に快感をもたらす。ドーパミンがどばーっとでてくる感覚がして、深夜にハイになって歌い出す。買ったばかりの物さえもつぎつぎ捨てていき、やがて、トランクひとつぶんだけで生活すればどんなに快適だろうかと考え始める。それだけ物が少なければ家が散らかることはなく、旅行に行くときもパッキングなどという邪魔くさい作業は要らない。私は家事が大嫌いな人間である。ふむふむこれは良いアイデアを思い付いたと半ば興奮しながら、天袋に仕舞い込んである紺のトランクを引っ張り出す。
衣類や食器を減らすことはそれほど難しくなかった。子供たちはやたら食器を捨てる私に困惑していたが、やがて紙皿で食事を取ることにも慣れた。大型家具の類も次々と捨てた。テレビ(これでNHKの担当員との押し問答には勝利できる)、ポップアップトースター、椅子、ソファ、電気カーペット、食器棚、化粧台…。私の仕事用のデスクも捨て、化粧品もリップ一本にまで集約した。落書きと猫の爪とぎでぼろぼろになっていた襖も全て外して粗大ごみに出すと、家は随分とすっきりした。衣服は、下着をのぞけばジーンズ一本と黒いセーター、半袖と長袖Tシャツをそれぞれ一枚ずつ、パッチ、登山ブランドのジャケットだけを残した。
最大の問題は本だった。三架の天井までの本棚にも入りきらない本は、押し入れとカラーボックスに押し込まれている。文学を志す者として、本だけはいくらあっても良いと思っていた。むしろ、多ければ多いほど良いと思っていた。だから、これまで本を断捨離したことなど一度もない。しかし、埃の溜まった壁一面の本たちをじっくり眺めていると、これらの本こそが諸悪の根源だったとさとった。私の人生の混乱は、すべてこの乱雑とした本の山によるものではないか? 十九歳以降、私の人生を惑わしてきたものは、純文学、民族アイデンティティ、ジェンダー、セクシュアリティ、社会構造、哲学…。つまりはこれらの本たちにある。これらの本に出会うことがなければ、私は何も大仰な夢を抱くこともなく、無駄な努力で汗を流すこともなく、読売新聞を読みながらベランダ菜園とかを楽しむパンピーの有閑婦人になれたのではないかと思う。
私はすべての本を本棚から取り出して、畳に積んだ。六畳の一間が本で足の踏み場もなくなり、そこから必要な本だけを本棚に戻していった。石川啄木も、トーマス・マンも、マルクスも、もう私には必要ない。そう思ってバリューブックスの買い取りの段ボールに本を詰め込んでいくと、マー、ナントスッキリ。これで私はじぶんの価値を知識によって高めるという亜インテリ連中のオナニープレイから離脱することができるのだ。読売新聞の営業のおばちゃんと、堂々とおまけの醤油の質が悪いからもうちょい良い醤油にしてくれ、云々とか話せるようになるのだ。
この家で唯一の机である丸いコタツの上に活けてあった黄色いフリージアは猫に喰われて千切れ、そして干からびている。京都新聞に勤めている濵名記者が数日前にくれたものだ。フィリピンパブで働いていた取材対象の女性を私が紹介したお礼として焼肉を奢るだとか言っていたが、「いや、そんな、花でいいですよ、花で」と訳の分からない断り方をしたら、本当に私の職場に花束を持って現れたのだ。「新しい挑戦を応援します」という花言葉があるんです、と言いながら。
フリージアは死にかけているが、私には新しい生活が始まるのだ。妄想の期待に胸を弾ませながら、フライパンでカレーを作り始める。挽肉と、冷凍していたカット玉ねぎ、小松菜をぶちこんで、尻を振りながら踊りを始める。
ガタン、と夕刊が新聞受けに滑り込んでくる。ボロ家のため新聞受けの留め金が壊れており、いつも新聞はドザッと玄関の床にまで落下してくる。いつもは腹立たしくて前の家主への怒りを呼び覚ます新聞の落下音も今日はなんとなく愉快に聴こえる。というか、フリージアちゃんのよろこびの叫びに聴こえる。
私は、フリージアをよく洗って、それをトントンと包丁で細かく刻んでカレーに投入した。強火で一気に煮込む。夕刊には濵名記者の予告通り、マリア(仮名)さんが受けた労基法違反の数々が事細かに書いてあった。こんな不平を並べ立てるならさっさとフィリピンに帰れ、というバッシングを受けるかもしれない、と濵名記者は気にしていたが、マリアは実に気丈で正義感の強い人だった。私はマリアの店から、ぐらんぐらんになりながらタクシーに乗り込んだ春雨の夜を思い出す。酒に強いわけでもないのに、偵察だとか言ってひょこひょこ出掛けて行き、ナッツとわけのわからんカクテルを何杯か飲んだだけで一万取られた。その時に出されたオレンジっぽいカクテル。「カクテル・フリージアです」と言われたような気がしたが、あの怪しいお店でそんな洒落た名前のカクテルは決して出て来ないだろうから、これは記憶の捏造だろう。「ウッ…まさらっぷ…」「さらまっぽぅ~」、どっちが「おいしい」を意味するタガログ語かもボヤボヤしながら、私は真っ赤なリップをべっとりグラスにつけてそれを飲み干した。アハハハハハと、女性たちの高い笑い声が耳に残っている。
子供たちが帰って来て、皆でフリージア入りのカレーを食べた。小松菜を入れたのが幸いして、フリージアが紛れ込んでいることに気が付く様子はなかった。マリアはもうすぐフィリピンに帰る。ビザが切れるのだ。きっとトランクをひとつかふたつ持って。
彼女のトランクには、本の一冊でも入っているだろうか。やはり、化粧品や衣類だけがたくさん入っているのだろうか。そんなことを考えていると、急にお腹に激痛が走り、トイレに駆け込む。また、フリージアの声が聴こえた。「ふん! アタシ、そんなにカンタンじゃないわよ!」
[© KANG HOJU]
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