韓国語のテキストを抱えて、小雨の中を地下鉄の駅まで走る。駅の階段を急いで降りていくと、ホームでバッタリ生徒のSさんに出会った。彼が本を開いて電車を待っているのを見て、はっとした。私は帰宅後、机の抽斗に仕舞い込んだ読書ノートを開いてみた。やはり一か月以上、本を読んでいなかった。
引っ越しをしたのは半年以上も前なのに、未だに本の整理が出来ていない。カズオ・イシグロを探しているうちに、ひょっとして捨てたのではないかという疑念が生まれてきて、結局は探すことさえ諦めてしまった。気が付けば、私は毎日、韓国語漬けの日々を過ごしている。新しい語学塾、新しい通訳会社、レッスンの準備、テキストのスキャン、トライアル、通訳スクールの課題、韓国語のドラマ字幕、生徒向けの初級の参考書選び…。
頭がぼんやりと痛む。頭痛薬を飲むかどうか迷いながら、家の窓の外を見てみると、いつの間にかザアザア降りになっている。夕立。びかっと稲妻が走るのを目にして、子供たちは今日も傘を忘れたことに気付く。まさか、自分が韓国語を教える仕事に就くことになるとは、夢にも思わなかった。生徒たちが発語する韓国語の発音を、一音一音直していく。笑顔で、声を弾ませて…。レッスンが終わったあとは、決まって無表情になってしまう。自分の中の何かを使い果たしてしまったかのようだ。
十三年前、私は父の買ってくれた赤紫色のムートンブーツを履いて、父の家から毎日せっせと江南のカナタ韓国語学院に通っていた。バス停まで、市場の中の裏道を通り、コンクリートの階段を昇れば近道だと父は教えてくれた。江南の語学院では中級クラスに入れられたが、何もかもが簡単過ぎた。文法を習っても習っても、逆にその原理が分からない。宿題をやるといつも変な気分だった。なぜこの答えになるのか、自分でもよくわからないまま、正答を書き記した。先生は「湖宙さんは読まなくてもいいわ」と、私の音読の番をスキップした。
休みの日には、叔父が高級なコーヒー店に連れて行ってくれた。老夫婦が営んでいるそのコーヒー店は、豆からこだわり抜かれており、一杯一万五千ウォンもするコーヒーを頼むと、その老夫婦が、うんざりさせるほど長い長広舌をふるった。ブルーマウンテンというのは、日本が独占しているから、韓国では手に入れられないんですよ…と言いながら、淹れてくれたブルーマウンテン。
私はそれを飲みながら、骨折した父の足のことを考えていた。凍てついたマンホールの上で滑り、左脚の骨を折った。夜が遅かったため、人通りがなく、誰にも助け起こしてもらえなかった。地面の上でバタついていると、新しくオープンしたイタリアンレストランの女主人が父を助け起こしてくれた。それから父は近所で外食することになれば、いつもそのイタリアンレストランに行った。味はとても良かったが、店舗の立地が悪いのか、いつも客は一組か二組だった。女主人は中年だったが、品があって美しかった。「あの人は未亡人なんだよ」と、まだ治りきっていない足をやや引き摺って帰りながら父は言った。私は、母と韓-日で離れて暮らす父があの人を好きなんだとぼんやりと、だがはっきりと感じ取った。
そのころ、私は日本で高校をさぼりがちになっていた。母の声真似をして、朝学校に電話を掛け、体調不良で休むと噓を吐き、そのまま新宿御苑で丸一日寝ていた。夜は渋谷のバーに入り浸り、男におごってもらった酒やつまみを齧っていた。嫌なことがあればすぐにピアスを開けた。ピアスは両耳で九個になっていた。何が私を退廃的にさせたのか。それでも、毎日持ち歩いていたノートには、今と同じく、新しい単語と散文が並んでいた。
毎日韓国語を習いに行く韓国人の私は、あと二週間で終わるコースの先、どうすれば良いのか、毎朝ぼうっと考えていた。早朝の、顔が凍りそうな通学路は憂鬱だった。朝の市場は人気が殆どない。魚屋だけがゴム靴をきゅっきゅっと言わせて働いている。雪が降った後で寒く、排水の悪い道がまだらに凍っていた。満員のバスも、毎日通る国立墓地の前も、授業が終わった後に一人で食べる遅い昼食も、何もかもが嫌だった。コンクリートの階段を昇りながら、「渦巻、イイダコ、こびと」と、覚えた韓国語を反芻していた。コルトゥギ…、コルトゥギ…。ムートンブーツは、いつの間にか汚れて鮮やかな赤紫色はくすんでいた。あと数段で階段を昇り切る。するといつものバス停と、ダウンに顔を埋めた人々の暗い顔が見える筈だった。「あっ、」と、空が見えて、自分が後ろにひっくり返っていることにやっと気が付いた。空は薄い雲に覆われて白かった。――――
姜先生! そう呼ばれて後ろを振り返る。すると、数頁の紙を私に差し出してくる事務員の松井さんがいた。「昨日コピー機に忘れてましたよ。多分、姜先生のものですよね」
「えっ?」
飯島耕一詩集をコピーした際に、何枚か落丁したことを思い出した。古い本で、落丁しかかっているなあと読みながら思っていた。「ああ、ありがとうございます」そう言って、持っていたノートとテキストの間に急いで挟み込んだ。業務と関係のないことでコピー機を使ったことを咎められるかと思いきや、何も言われなかった。
教室で、Sさんは相変わらず本を読んでいた。「アンニョンハセヨ?」と私が笑顔で挨拶すると、彼はハッとして本を閉じて、「アンニョンハセヨ?」と返事をした。
「なんの本を読んでるんですか?」私がブックカバーをつけた本に視線をやると、「あ、ああ…えっと、」と彼は言い淀んだ。
あの時、私がこけて、頭を強打して、眼鏡をひしゃげさせていなかったら、私は最後まで韓国語学院に通って、そのまま上級クラスに進んだかもしれない。そうしたら、いま、「国外」に住んでいなかったかもしれない。
生徒たちが皆揃い、授業を開始する。
「さあ、それでは、今日は十二課――」
そうして、私は一杯のスンデ汁の味を想起する。この前、韓国で最後に食べた市場の小さな店。
[© KANG HOJU]
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