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ストライク・ジャム

姜 湖 宙

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第22回 再び君が絵を描く日まで

     春だった。画塾の春期講座。男性の裸体デッサン。私はそれにどんなに胸を膨らませて向かっただろうか。男性ヌードだからか、時期が悪いのか、生徒は私を入れて二人。それに、日替わりで一名か二名参加する程度だった。

     ぱっつんの前髪、カメムシ色のジャージを着た若い人がチャリで画塾の前に乗り付けた。教室はまだストーブを焚いていた。時間になると、「お願いします」と言って、彼はすばやくジャージを脱ぎ、木製の台の上でポーズを取る。二十分ポーズ、十分休憩。この三十分のサイクルを六回繰り返す。木炭をざらざらした紙の上を走らせる、ザッ、ザッ、という心地よい音。ガーゼで擦り、練り消しをスタンプのようにポンポン押し付ける。

     

     子どもの頃、夢を尋ねられれば必ず画家と答えた。

     十歳のクリスマスプレゼントに木箱に入ったフランス製の高級色鉛筆を貰った。私はその高級色鉛筆でグロテスクで性的な絵を描き、母にひどくられた。

     

     それ以来、私は絵をうまく描けなくなった。

     

     保育所のお遊戯室で私は横たわっていた。三日三晩寝ていない私を心配した先生たちが寝かせてくれた。眠くてたまらないのに眠れなかった。下に敷かれた子供たちの匂いの染みついたマット。誰もいないお遊戯室。起き上がると、窓辺に一冊の絵本が立てかけてあった。『ゼラルダと人喰い鬼』。韓国の失った家の、失った絵本たちのなかの一冊。幼い私が、トミー・ウンゲラーの残酷な絵に憑りつかれ、くりかえし模写した記憶が一気に蘇る。

     

     小森先生は奥の部屋でクラシック音楽を掛けながら、大きな油絵を描いていた。「こんにちは」と声を掛けると、「あ、モデルさん?」と顔を上げて先生は言う。

     「あ、いえ、私、新しくこの画塾に入りました…」

     「ああ…」先生は私の頭のてっぺんから爪先まで舐めるように見ると、「釘とか落ちてるから、なんか履いた方がいいよ」と、自分のサンダルを脱いで、私の足元に置いた。

     トイレに貼ってある、岸田劉生の巨大なポスター。クロッカスが咲き乱れ、鯉がときどき思い出したように池を巡る。私はモデル用のベッドに腰かけ、汚れたフランシス・ベーコンの画集を捲った。

     とにかく描き続けること。どんなに苦しかろうが、みすぼらしかろうが、描け。

     先生はそう言って、合鍵を渡してくれた。背中にキャンバスを背負って、汗だくになりながら夜道をチャリで走って画塾まで来た。月光に照らされた白い石膏像。私はそのなめらかな表面を撫でて、形を確かめ、木炭を缶ケースから取り出す。外から、あまいガラムの匂いがする。イングリッシュガーデン好きのおばさんがよく手入れした庭。小森先生はいつも枇杷の木陰で煙草を吸っていた。匂いがして、先生がいるのだとわかった。時刻はもう九時を回っていた。

     奥の部屋から、微かにベッドが軋む音がし、やがてしずかな会話の音が聴こえる。私はひとりで手を動かし、絶望に吞み込まれないように、また手を動かした。

     

     年に一度の画塾生たちの展覧会。私はどうにか仕上げた一作を出展した。講評の時間になっても小森先生は現れなかった。小森先生が画塾で不倫をしていると告発の手紙が、小森先生の自宅に無記名で投函され、彼の妻が血相を変えて画塾に乗り込んできたらしい。

     三条の知人の営む蕎麦屋で、一度だけ小森夫妻と出くわしたことがある。小森先生はもともと専業主夫だったが三十代後半に画塾に入り、油絵に没頭しているうちに画塾長にまで上り詰めた人だった。彼の妻はきっと、経済力と精神的余裕を持ち合わせた人だろうと想像していた。実際に見た彼女は白髪交じりの髪を綺麗に一つに束ね、ゴブラン織りのギャザースカートを穿き、まるでバレリーナのように姿勢正しく蕎麦を啜っていた。

     

     小森先生が画塾を辞めた後、不倫相手だと噂された女性の生徒もやめてしまった。彼女は私が夕方に描きに来ても、時々まだ残っていて、ひたすらに油絵具をこんもり盛った抽象画とも具象画とも言い難い絵を描いていた。

     「触っちゃダメ」

     手を伸ばしていた私がはっとして振り返ると、大きなシャツを羽織った彼女が立っていた。私とは何もかもが違う人だった。華奢で、子供のように小さな手。その薬指にまた糸のように細い金の結婚指輪が巻き付いている。

     「まだ、乾いてないから」

     「これ、中に赤い絵の具を入れてる?」

     「そう」

     「もしかして、赤ちゃん?」

     「どうしてわかったの?」

     「なんとなく…」

     彼女はそっと、不妊治療をしていることを教えてくれた。私が帝王切開で子供を産んだと言うと、その傷が見たいと彼女は言う。私は薄暗がりの画塾の一室でジーンズのチャックを下ろし、パンツをずらして、恥丘の上部の、横に走る傷跡を見せた。

     「触ってもいい?」

     「うん」

     彼女の細い指が私の傷をなぞる。きっとこれもまた、描くのだろう。彼女の指は、形を確かめる動きそのものだった。

     

     誰もがゴシップで持ち切りだった。しかも、その匿名の告発文を書いたのは、齢八十を過ぎた先代の塾長だということが知れ渡ると、彼らは一層加熱した。私は、何も言わなかった。

     自分のロッカーを片づけ、上靴を持ち帰り、空っぽにした。

     

     私は写真の裏にメッセージを書く。先生に講評してもらえなかった一枚の絵。

     「先生、お元気ですか。先日、たまたま立ち寄った姉小路画廊で先生の絵を見ました。先生が、何があっても描き続けること、と言った意味がやっとわかりました。私は相変わらず、ひどくゆっくりですが、描いています。どうか、お元気で」

     返事はないと知りながらも、私はその絵を送った。

     

     「姜さん、その手、どしたん? なんかえろう汚れてるやん」

     助手席の高橋先生はハンドルを握る私の手を見て言った。

     「ああ、私、絵を描いてて」

     「ほえ~姜さん、韓国語教えて、通訳もして、絵ェも描いてんの。すごいなア」

     私はカーブのところでまたブレーキとアクセルを踏み間違えた。

     「あっ、またあ! なんでやねん。あぶないわ。じぶん、絵ェ描く時、そっと描くやろ、丁寧に描くやろ? ばぁーっと描いたら線からはみ出すやろ? 運転もそういうふうにせんと」

     「いや、私、絵もめちゃくちゃですよ」

     「え?」

     「ばーって描くんですよ、力任せに」

     高橋先生はしばらく黙って、車窓に流れる新緑のイチョウ並木を見ていた。それからぼそっと口を開く。

     「ほな、走り屋タイプやな」

     「はあ」

     「もうほんなら走っとくしかないわ」

     信号が青に変わった。私はアクセルを踏み込み、白川通りを北上する。画塾を通り過ぎ、あの甘い香りを嗅ぐ。両手にこびりついたアクリル絵の具。マルレーネ・デュマス、ルシアン・フロイド、ディヴィット・ホックニー。イメージがハイスピードで擦過する。私は強い、私をも摑んで離さない強いイメージが欲しい。メーターはぐんぐん上っていく。高橋先生は上機嫌に鼻歌を歌い出した。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    [© KANG HOJU]

     

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    第11回 distance

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