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	<title>諸屋超子 &#8211; 編集室水平線のオンラインマガジン　雨晴（あまはらし）</title>
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	<title>諸屋超子 &#8211; 編集室水平線のオンラインマガジン　雨晴（あまはらし）</title>
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	<item>
		<title>第1回　看板に偽りありんす</title>
		<link>https://suiheisen2017.com/moroya-choko/1393/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[水平線編集室]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 28 Oct 2022 04:00:28 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[諸屋超子]]></category>
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					<description><![CDATA[&#160; 「それで、あの子ったら、本当にお茶目さんなのよ。ブラウスのボタンも最後まで留められないし、カバンの中はレシートだらけ、靴の踵はこーんなにけずれてる。なんていうの？ もう、こう、お世話したくなっちゃうのよね。&#8230;&#160;<a href="https://suiheisen2017.com/moroya-choko/1393/" class="" rel="bookmark">続きを読む &#187;<span class="screen-reader-text">第1回　看板に偽りありんす</span></a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>「それで、あの子ったら、本当にお茶目さんなのよ。ブラウスのボタンも最後まで留められないし、カバンの中はレシートだらけ、靴の踵はこーんなにけずれてる。なんていうの？ もう、こう、お世話したくなっちゃうのよね。ほっとけない感じ？ そこがあの子のいいところなのよね。なんにも気にしないところが。ね。人とは違っても、ぜーんぜん気にしないんだから。危なっかしいのよね。でもわたしはそういうの、気にしない人だから。仲良くしたらいいじゃないって思うタイプだからね。平気だけど」</p>
<p><em>　</em>くるくるくるくるくるくるくるくる。渦巻きくるくるくるくるくる。まずはコーヒーをスプーンでかき回すでしょう？ そこにミルクをそそぐとほーら。くるくるくるくる。</p>
<p>「ま、でも？ そうやって可愛がってきたのに、あの子ったら最近、連絡ないのよ。遊びに誘ってあげても忙しいって。ちょっと……あれ？ あれよね。ほら、ちょっと心のね……ほら……あれがあるって言うからさ、心のさ。そういうのがある人は優しくて繊細なのよね。そうなのよ。わたし勉強したから知ってるのよ。もしかしたら、わたしに彼氏ができたから、気を遣って連絡できないんじゃないかな？ そういうふうに考える子だから。『かすみさんには迷惑かけられない』って。すぐ一人で抱えちゃうの。別に気にしないでいいのにって言っても、すぐ気をつかうからさ、私も敢えて言わないようにしてるのよ。何もね。だからもう、半年は会ってないかな。まあ、きっと困ったらまた『かすみさーん』って泣きついてくるんだと思うよ。ま、そんなもんよね。わたしってほら、おねえさんみたいな雰囲気あるから」</p>
<p><em>　</em>かりかりかりかりかりかりかり。お煎餅食べる時、栗鼠ごっこしちゃいますよね。しちゃいませんか？ かりかりかりかり。</p>
<p>「そう、実は、この度……こほん！ あ、こほんって古いかな？ でも言っちゃわない？ こほん！ えー、こほん！ この度、わたくし、渡邊かすみは、篠崎慶一郎さんとお付き合いを始めさせていただくことになりました！ えへへー！ そうなのよー！ 照れちゃうけどね。彼がぐずぐずするから、わたしね、もう仕方なく言ってあげたのよ。本当はね、女からいうことじゃないわよね。男がさ、お願いするものじゃない？ こういうことって。女からお付き合いしましょうなんて、普通はそんなこと『かすみさんにそんな恥はかかせられませんから』ってみんな言ってくるものね。そうよ。そんなものよね。まさか女からは言わせられないって、みんな思ってるからさ。でも、彼ったら意気地がないのよ。それはね。それは彼にとってはわたしは高嶺の花？ なーんていい気になっちゃうけどさ。でもまあ、事実、高嶺の花なわけじゃない？ そこにさ、あの意気地のない男がさ、言えないわけよ。付き合ってなんて。むしろ、わたしから食事やデートに誘われたことにどぎまぎして？ 食らいついていくだけで精一杯よね。『どうしてこんなすてきな人が僕なんかさそってくれるのかな』って。そう思ってるんだとわたし思うの。仕方ないよね。男は美人に物怖じするって言うじゃない？ 美人に生まれるのも楽じゃないわねえ！ ねえ？ って冗談よ、ふふふ。でもさ、まあ、そんなわけだから、仕方なく？ わたしが誘ってあげて、彼を救い出してあげたのよ。孤独な闇の中から？ まあ、恩人っていうのもおこがましいんだけどさ。まあ、実際でも、そう感じてるんだと思うよね。そうでしかあり得ないもの」</p>
<p><em>　</em>ごごごごごごご。あれは3．11の一週間後。暗い気持ちで横になっていたら地響きが聞こえたんでしたっけ。ごごごごご。</p>
<p>「本当に、恋愛のはじめだからさ、わりと気をつかうのよ。そんなに恋愛経験もないだろうからね。やっぱりこっちがリードしてあげなきゃっていうかさ。わかってないのよ。女の扱いを。だからわたしがね、敢えて可愛らしく『こうして欲しいな』とか、ね？ そんな風に、ね？ うまくやってあげるのよ。たいへんヨォ。そんな風にさ。わたしも、別に？ わたしにぞっこんの、昔からモーションかけてくる、ほら、前に話したっけ？ 慶応ボーイの？ ずいぶん年とった慶応ボーイね。慶応じじい？ ま、なんでもいいんだけど。あの彼を愛せたら楽なのにねぇ。なんかダメなのよ。すごく愛してくれてるのは分かるんだけど。本当に好きになれないのに、打算で付き合うってことができないのよ。わたしには。それで、その彼のことも振り続けて……よく考えればかわいそうよね。わたしが振り向くまでいつまででも待ちますって忠犬ハチ公かって、ね？ まあ……ね？ 振り向いてあげられたら、きっと幸せにしてくれるんだけどね？ わたしにも気持ちってものがあるからさ。そこまで合わせてあげられないわよね。まあ、仕方ないのよ。彼もわかってるんじゃないかな」</p>
<p><em>　</em>べとべとべとべと。あ、窓際に置いてあったカセットテープのケースって黄ばんでべとべとになってましたね。べとべとべとべとべと。</p>
<p>「で、そんな人のことはいいのよ。彼ね。彼とお付き合いが始まったんですよ。いよいよ。でも大変よ？ モテない人だから。もう、なーんにもわかんないんだから。とにかく尽くしたがるわけ。そんな風にしたら女に飽きられちゃうとか、そんなこと考える余裕がないのよね。とにかく尽くすのよ。まあ、わたしはね？ 彼がモテてこなかったって知ってるから、目をつぶってるけど、ちょっとつくしすぎじゃないかな？ まあ、楽しくて仕方ないんだろうね。わたしみたいな明るくて、優しくて可愛い人に優しくされたことないんだもんね」</p>
<p><em>　</em>ぷっぷっぷっあれ？ 電波が。ド……ぅん……ね‥‥トンネル…‥入っちゃ……ぷーぷーってやりませんでした？ やりましたよね。懐かしいな。あの頃。自由は僕らの隣にあった。</p>
<p>「でも青春しちゃってます。まだまだ若いぞ！ かすみさん！ って。五十過ぎちゃっても、まあ、過ぎてるなんて誰も気が付かないからね。彼もきっと年下くらいにしか思ってないから」</p>
<p><em>　</em>過ぎたことは、過ぎてすぐには気になるのが人情ですが、稀にとうに過ぎ去ったものがまだそばにあると思っちゃうなんてこともあるようで。</p>
<p>「愛されてるなって。本当。彼がわたしに尽くすのが幸せなら、そうさせてあげてもいいかなっていうか。結局、尽くさせてあげているのよね。結局はね。結局」</p>
<p><em>　</em>するってえとなにかい？</p>
<p>「わたしがいないと彼ってどうなってたんだろうね？ 彼の人生。恋人も出来ずに、友達もいない。仕事と家の往復で」</p>
<p><em>　</em>恥ずかしがるこたぁねぇよ。なまじ目鼻があるってんで苦労してる女はいくらでもいるんだから。</p>
<p>「彼に尽くさせてあげてるわたしが、一番尽くしてあげてるってことなのよね」</p>
<p><em>　</em>てけてんてん転迷開悟。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>［© Choko Moroya］</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※アプリ「編集室 水平線」をインストールすると、更新情報をプッシュ通知で受けとることができます。</p>
<p><a href="https://suiheisen2017.jp/appli/">https://suiheisen2017.jp/appli/</a></p>
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			</item>
		<item>
		<title>第2回　めまい</title>
		<link>https://suiheisen2017.com/moroya-choko/1660/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[水平線編集室]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 23 Dec 2022 00:46:27 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[諸屋超子]]></category>
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					<description><![CDATA[　その朝それは、はじまっていた。ぐらりと世界が揺らいで、希世子は目を閉じた。シャワーは細い線でしかないのに、希世子の身体は一気に暖められ不調を起こしたらしい。 　なんてまぬけな老体。希世子はいらいらしながらめまいのおさま&#8230;&#160;<a href="https://suiheisen2017.com/moroya-choko/1660/" class="" rel="bookmark">続きを読む &#187;<span class="screen-reader-text">第2回　めまい</span></a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div></div>
<div>
<p class="a">　その朝それは、はじまっていた。ぐらりと世界が揺らいで、希世子は目を閉じた。シャワーは細い線でしかないのに、希世子の身体は一気に暖められ不調を起こしたらしい。</p>
</div>
<div>
<p class="a">　なんてまぬけな老体。希世子はいらいらしながらめまいのおさまるのを待った。今日は休むべきかしら。壁に掛けたシャワーヘッドにぶら下がるようにしながら考える。いや、今日は先日の会議で壁への掲示がきまったグラフの作成作業があるのだった。会議には呼ばれなかったのに、グラフリーダーなんて名誉なのか侮辱なのか分からない称号を戴いて。結構なことだ。</p>
</div>
<div>
<p class="a">　渋々出社することにした希世子を襲ったその衝動は誘惑としか呼びようがなかった。病院でもらってきためまい止めを飲まない。それだけのこと。それだけのことだが、希世子はこみあげる笑いを抑えられなかった。</p>
</div>
<div>
<p class="a">　そして今、曇っているのに妙に明るい12月の午後3時。希世子は外回りの途中に立ち寄った家電量販店のだだっ広いエントランスロビーの白い床に寝転がっていた。</p>
</div>
<div>
<p class="a">　倒れたわけではない。ただ、めまいの重く引きずり込むような、甘い引力に身を任せたのだ。くずおれたというのに近いかもしれない。スローにそしてカラフルに世界が揺らいで、うっとりと希世子はくずおれた。</p>
</div>
<div>
<p class="a">　ちょうど近くを歩いていた若い男女のカップルが驚いて駆け寄った。少し離れた場所でエスカレーターに手をかけていた希世子と同年輩の中年女性も駆け寄った。彼女がうれしそうに目を輝かせてやってきたことを、希世子は見逃さなかった。</p>
</div>
<div>
<p class="a">「大丈夫ですか？ ケガはないですか？」</p>
</div>
<div>
<p class="a">　若いカップルの男がタッチの差でいち早く希世子の隣にかがみこみ、続いて女がよりそうようにかがんだのを横目で見て、希世子は喜んだ。</p>
</div>
<div>
<p class="a">　カップルは休日風だが体や心を休ませるのに忙しいように見えた。一方、中年女性は忙しなく予定を詰め込んでいるようだが、その実孤独で、彼女にしか分からない暇を持て余しているといったところだろう。おまけに彼女は、希世子という暇つぶしを捕まえるには、お腹に贅肉を蓄えすぎているらしく、突っ立ったまま「あらー」とか「まあ」などと繰り返している。</p>
</div>
<div>
<p class="a">　希世子は、暇人の慰み者にはなりたくなかったが、誰かの充実した人生の邪魔者になりたかった。</p>
</div>
<div>
<p class="a">　男はテキパキと連れ合いに警備員を呼びに行かせ、自分はスマートフォンで119番をダイヤルした。男が希世子に症状や年齢、持病などをたずねる隣で、脂肪の塊を宿せし聖女が合いの手を入れる。「駐車場でなくて良かったわね。きっとケガをしていたわ」「まあ、それじゃあ昭和42年組？」「自律神経はサウナで鍛えるといいって山田さんが言ってたけど、女にはそんな暇ないわよねえ」</p>
</div>
<div>
<p class="a">　希世子は中年女のねっとりとした欲望をさらりとかわしつつ、この冷淡なまでに気の利いた若い男と、なぜかしきりに頭を下げつつ警備員を連れてくる若い女を盗み見る。</p>
</div>
<div>
<p class="a">　卑屈なほどに謙虚なこの若い女性は、人が倒れるというこの出来事が、その手の中にあったはずの時間を奪い去っていくことに敏感に気がついているらしい。しかし、それを責める相手はいない。というか、矛先に出来るはずの希世子は病人だ。いたわらなければならない。早く抜け出し、時間をその手に取り戻したいはずの彼女は、罪悪感からか、うらはらにこんなことを口走っている。</p>
</div>
<div>
<p class="a">「おうちにご家族はいますか？ 猫ちゃんの毛がついているようだから、誰かお世話をしてくれる人は居るのかと思って」</p>
</div>
<div>
<p class="a">　男の舌打ちが聞こえたので、希世子はわざと目を大きく見開いて男をみる。揺れる視界の端で女がおろおろしているのが見える。お節介様は希世子に同意するようにため息をつく。</p>
</div>
<div>
<p class="a">「ご親切に。大丈夫ですよ」</p>
</div>
<div>
<p class="a">　希世子は猫など飼っていない。毛はきっとマフラーか何かの抜け毛が移ったのだろう。しかし、希世子は曖昧に答えた。ただ、驚き傷ついた素振りを見せれば、この若い女を翻弄できると思っただけだ。楽しみたかったのだ。</p>
</div>
<div>
<p class="a">　めまいの薬を飲まなかったときにかられた誘惑、無責任ではた迷惑な存在として白昼堂々地べたに寝そべるという堕落は、いまや希世子の身体のうちをほかほかと満たしつつあった。</p>
</div>
<div>
<p class="a">　希世子は、ふと10年も前の、同じように妙に明るい12月の午後のことを思い出していた。希世子のベッドで寝そべりながら、男はこの世の不幸を一身に背負っていた。</p>
</div>
<div>
<p class="a">「僕は何のために生まれてきたのか。生きていていいのだろうか」</p>
</div>
<div>
<p class="a">　希世子はその言葉を聞いて、裕福とはどういうことかを思い知った。希代子は、生きる意味など、存在を受容されることなど、意識したこともなかった。ただ生まれて、ただ暮らし、ただ働いてきた。ただ責任を負わされ、社会に迷惑はかけぬよう言いきかされ、他人の権利のために余計に働かされることが生活であり、人生であった。それが証拠に、その時希世子は彼のためにコーヒーを淹れていた。</p>
</div>
<div>
<p class="a">　いつか、〈その日〉がきた暁には、私もあれを手に入れよう。だれもが幸せになりたくていきているわけではないのだ。少しは私のことも不幸せなまま放っておいてほしい。</p>
</div>
<div>
<p class="a">　暁は、希世子のもとをめまいとともに訪れた。</p>
</div>
<div>
<p class="a">　ほら、あちらを見上げてご覧なさい。エスカレーターで降りてくる子連れ女の、希世子を見つめる潤んだ瞳を。めまいとともにゆったりと寝そべる希世子が、怠惰というベッドに沈み込んでいくのを、羨ましそうに、うっとりと見つめているから。</p>
</div>
<p>&nbsp;</p>
<p>［© Choko Moroya］</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※アプリ「編集室 水平線」をインストールすると、更新情報をプッシュ通知で受けとることができます。</p>
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			</item>
		<item>
		<title>第3回　アイブロウが効いてきたぜ</title>
		<link>https://suiheisen2017.com/moroya-choko/1805/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[水平線編集室]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 24 Feb 2023 06:29:48 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[諸屋超子]]></category>
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					<description><![CDATA[　あざと・い 　①思慮が浅い。小利口である。 　②押しが強くて、やり方が露骨で抜け目がない。 　広辞苑によれば、「あざとい」という言葉の意味はこの通りである。ちなみに、慣用句の「抜け目がない」は、〈自分の利益のために十分&#8230;&#160;<a href="https://suiheisen2017.com/moroya-choko/1805/" class="" rel="bookmark">続きを読む &#187;<span class="screen-reader-text">第3回　アイブロウが効いてきたぜ</span></a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><em>　</em>あざと・い</p>
<p><em>　</em>①思慮が浅い。小利口である。</p>
<p><em>　</em>②押しが強くて、やり方が露骨で抜け目がない。</p>
<p><em>　</em>広辞苑によれば、「あざとい」という言葉の意味はこの通りである。ちなみに、慣用句の「抜け目がない」は、〈自分の利益のために十分気を配っており、抜けたところがない〉とある。</p>
<p><em>　</em>そう、自分の利益のためである。</p>
<p><em>　</em>そういったことから、当然否定的な意味合いの強い「あざとい」という言葉だが、昨今、世間では誉め言葉として定着している。利己的な姿勢が肯定されているのか？　小利口なくらいが調度いいというような相手への蔑視が潜んでいるのか？　ともかく、「あざとい」は肯定的な言葉として受け入れられ、無垢で愛らしい子猫や赤ん坊にまで「あざとい」という輩が出る始末。</p>
<p><em>　</em>この「あざとい」の変化に違和感を覚えるのか、難なく受け入れるのみならず自分もあざとくありたいと考えるのか、そのあたりの考え方はその人の人柄を伺い知ろうという時に面白い糸口になるだろう。</p>
<p><em>　</em>後者であるのは坂田浅美である。彼女は、家族と共用の歯磨き粉の飛沫がこびりついた鏡の前でもう半時間も、小さなしわの一つもまだないような若い肌を入念に手入れしている。</p>
<p><em>　</em>彼女の左手には、先週発売された「あざとかわいい」肌を作るというクリームが蓋を開けて置かれている。</p>
<p><em>　</em>浅美の人生にとって大切なのは小さな信頼の積み重ねで、それは小学生時代、習慣化していた早寝早起きを、大好きだった担任教師に誉められたことによって逆算して考えたモットーだった。目標を立てるなら達成が確実なものがいい。</p>
<p><em>　</em>短大卒業後、はじめに就職した幼稚園では、このモットーを園児たちに伝えられる教諭になりたいと考えていたが、たった一人、毎朝、必ず遅れてやってくる子どもがいて、当然その子が一人では登園できないので、父親が送ってくるのだが、彼に小さな信頼の積み重ねの大切さを説いても、曖昧に笑って頭を下げるだけなのだ。</p>
<p><em>　</em>それですっかり嫌気がさした浅美は、わずか1年で幼稚園を退職し、今の会社に転職した。</p>
<p>「ふつう」の会社で「ふつう」に働くのには、小さな信頼の積み重ねの大切さが効いてくるはずだと思ったからだ。</p>
<p><em>　</em>もちろん、浅美の勤める会社は「ふつう」を売りにしているわけではなく、調べれば事業内容もはっきりとわかるはずなのだが、浅美の勤務先への理解は淡いものであった。</p>
<p><em>　</em>知らないことで差し障りがあるわけではないから、「事務だし」と割り切って浅美は働いている。本当は差し障るし、事務は外側に出来たイボではないのだから、知るべきなのだが、その差し障りにはいっさい気が回らないのが浅美である。</p>
<p><em>　</em>そんな浅美は、小さな信頼を積み重ねてきたはずの人生に裏切られつつあった。浅美と人生の間には、暗黙の了解があったはずだった。それは、適齢期になったなら、自然と恋人から求婚され、当たり前の結婚式をあげるというものだ。</p>
<p><em>　</em>適齢期なんてものはないし、結婚が当たり前だと考えない人もいるということに、浅美は当然思い至らない。</p>
<p><em>　</em>ただ、結婚を諦めた女と、結婚した女がいる。それが浅美から見た世界だった。そして、当座、自分が結婚した女になるために足りないのは「あざとさ」だということで肌を磨いている。</p>
<p><em>　</em>本当は、予定不調和を嫌う彼女が恋人の煮えきらなさをなじる時の陰険な目つきこそ、見つめ直した方がよさそうなのは言うまでもないのだが。</p>
<p><em>　</em>彼女の特技は早寝早起きよりも、特定の範囲外に目を向けないことなのかもしれない。</p>
<p><em>　</em>さて、誉め言葉としての「あざとい」への違和感をぬぐえずにいるのは杉本梨恵だ。彼女は面倒な人間だ。</p>
<p><em>　</em>浅美がフェミニストを愚か者と切り捨て、女性の自立について語られると気の利いた冗談を聞かされたかのようにクスクス笑いを始めるのに対して、梨恵は「あざとい」がほぼ女の媚態について語られていることにいちいち腹が立つのだ。</p>
<p><em>　</em>なぜ女なのか。なぜ他者評価の中にどっぷりとつかって、注目を集めることが賢さかのように語られるのか。媚態の媚びるという漢字がおんなへんであることすら気にくわない。</p>
<p><em>　</em>おんなへんに眉。眉と言えば、女の眉の流行で経済が占えるなんて説が真剣に語られるとき、でも結局、眉で表情を消してミステリアスに･･････とか、自然な眉で表情豊かに･･････とか、どっちにしろその先に誰かへの媚びが匂っているようでムカつく。</p>
<p><em>　</em>梨恵の鏡は大きくよく磨かれており、しかし梨恵の鏡の前での滞在時間は一日平均十分程度だ。</p>
<p><em>　</em>ナチュラルメイクという厚化粧を拒絶して、きっぱりと濃い口紅をひく。</p>
<p><em>　</em>先日、恋人と食事に出かけた先で、恋人の同僚同士の不倫に話題が及び、恋人が「ああいった関係は、たいてい女が職場を去って終わるだろう」と述べたので、思わず大きな声を出してしまった。</p>
<p>「男尊女卑の豚！」</p>
<p><em>　</em>隣のテーブルの大学生のグループが、ぎょっと目を見開きテーブルの上のあじフライを見つめていた。</p>
<p><em>　</em>浅美と梨恵。彼女たちは対立すべきなのだろうか？　それとも、男性上位の父権的社会に踊らされずに手と手をとりあうべきなのだろうか。</p>
<p><em>　</em>私から見て言えることは、おそらく二人は気が合わないだろうということだけだ。</p>
<p><em>　</em>しかし、実は彼女たちには思いがけない共通点があるのだ。</p>
<p><em>　</em>買い物だ。彼女たちは買い物が好きなのだ。これは、女性だから買い物が好きだという話をしているのではない。</p>
<p><em>　</em>彼女たちは、七夕の短冊に託すような、ささやかで、それでいて大胆な願いを買い物に託す。</p>
<p><em>　</em>すてきなスカーフ、輝くキーホルダー、美しい流線型のピアス。そんな小さなたからものたちが揺れるとき、浅美は、そして梨恵は、自分の肺からラメ入りの呼気が流れ出していく様子を想像する。</p>
<p><em>　</em>毎日じゃなくていい、月に何度か、自分の肺から流れ出すラメ入りの息で、世界をあっといわせてやりたい。役立たずの、何の変哲もない自分という体の中から、きらきらと輝くラメ入りの息を。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>［© Choko Moroya］</p>
<p>&nbsp;</p>
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]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>第4回　王様に見初められて断れば一家皆殺し</title>
		<link>https://suiheisen2017.com/moroya-choko/2052/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[水平線編集室]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 27 Apr 2023 23:00:50 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[諸屋超子]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://suiheisen2017.com/?p=2052</guid>

					<description><![CDATA[　16歳の紗奈は人の心に興味がある。世の中に興味がある。不条理であればあるほど興味がわく。 　その興味は、疑問のかたちをとって、大抵は母の重美に、時にはGoogleの検索窓にぶつけられる。不満にも似た疑問。 　どうして嫉&#8230;&#160;<a href="https://suiheisen2017.com/moroya-choko/2052/" class="" rel="bookmark">続きを読む &#187;<span class="screen-reader-text">第4回　王様に見初められて断れば一家皆殺し</span></a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><em>　</em>16歳の紗奈は人の心に興味がある。世の中に興味がある。不条理であればあるほど興味がわく。</p>
<p><em>　</em>その興味は、疑問のかたちをとって、大抵は母の重美に、時にはGoogleの検索窓にぶつけられる。不満にも似た疑問。</p>
<p><em>　</em>どうして嫉妬深い人とそうでない人がいるの？　寛容であろうと努める人はなぜだまされるの？　どんな顔でもそれが自分の顔になると完璧に見えないのはなぜ？　ラブソングばかりが流行するのはどうしてなの？　歴史なんてしらないのにレトロを愛してるなんてなぜ言えるの？</p>
<p><em>　</em>今日も思い出したように鼻息荒く重美をつかまえて疑問をぶつけてきた。</p>
<p>「彩月ちゃんも、麻衣ちゃんも、香織おばさんまでこう言うの。『紗奈ちゃんはどうして虹郎くんと仲良くできるの？』でも、友情って相互関係じゃない？」</p>
<p><em>　</em>紗奈の疑問点（もしくは不満点）はそれらの発言が暗に虹郎に優を、紗奈に劣を付けている点らしい。同等かつ相互性がないと成り立たない友情を、なぜ不均衡な図式にしたがるのかと。</p>
<p><em>　</em>重美は真剣な顔でしばらく考えてから重々しく口を開いた。</p>
<p>「王様に見初められて断れば一家皆殺し」</p>
<p><em>　</em>怪訝な顔で見返した紗奈をまっすぐみつめて重美は続ける。</p>
<p>「王様は絶対的な権力だから、見初められたら光栄に思わなくてはならなくて、断るなんてもってのほかなの。大昔、どこかの国ではね」</p>
<p><em>　</em>紗奈は口を挟まずにじっと聞いている。それを見て、重美は心の中で「なんて賢い子どもでしょう」とつぶやく。</p>
<p>「虹郎くんは王様ではないけれど、容姿が派手で美しいから権力者として勝手にあがめ奉られやすいのね」</p>
<p>「それってルッキズムじゃない？」</p>
<p>「そういうことに納得のいく人間が未だに居て、さらにはそれは世間の常識だと考えているのよ。誰にも強いられずに支配下に入っているの」</p>
<p>「ふーん」</p>
<p><em>　</em>紗奈はしばらく唇をとがらせていたが「チッキショ」と吐き捨てるように言ってグラスの牛乳をあおった。薄い牛乳のヒゲをつけた顔は少し晴れていた。</p>
<p><em>　</em>紗奈は自らをTwitterの民と呼んだ。インスタグラムやTikTokは性に合わない。見栄えのために着飾る気恥ずかしさに耐えうる鈍感さと、ノリで踊る勢いは持ち合わせないというのだ。</p>
<p><em>　</em>しかし、最近はそのTwitterにも表面を飾りたてるカタカナ語多用星人があらわれたと紗奈は嘆いていた。所詮は他人が用意した遊び場なのだと考えれば仕様のないことだが。</p>
<p>「でもさ、カタカナ語星人ってどんな性格なんだろう」</p>
<p>「従順なのね」</p>
<p><em>　</em>重美はきっぱり言う。</p>
<p>「なぜ？」</p>
<p>「もちろん、ボキャブラリーの豊富な知性派もカタカナ語はつかうけれど、あなたがそんなに腹を立てているので有れば不必要に多用するんでしょう？」</p>
<p>「そう！　不必要なの！」</p>
<p>「その人たちは知性派がカタカナ語をつかってるのを見て、カタカナ語をつかえば知的に見えるって逆から考えているの」</p>
<p>「そういうのって短絡的っていうんじゃない？」</p>
<p><em>　</em>紗奈が眉をしかめる。</p>
<p>「短絡的にとらえた上で、従順でなければそうはならないわよ。世の中から知的に見えるよう振る舞うのはいいことだ、成功者として振る舞えなんて言われても『そうとは限らない』とかせめて『そんなことはない』とか反発する気概があればイメージをなぞるなんてことはないわけでしょう？」</p>
<p>「むう」</p>
<p><em>　</em>紗奈はいつも、重美のもっともらしい言葉に飲み込まれないよう注意している。しているが、いつも危うい。母の言葉はどうしてこんなにも子の心に絶対的に響くのか。紗奈はそこに不安を感じるとともに、安心も感じている。同級生が無邪気に「かあちゃんが言ってたもん」などとまるでマキシム（おっとカタカナ語失礼）かのように話しているのを見ると心の中で見下したりしているくせに、しかしそれでいて、紗奈自身、重美の言葉を真理として解決としたい気持ちが強くあるのだ。重美の、母の言葉を道標とすることで、きっと自分は目隠しでも歩みを進めることができるだろうし、もし転べば、責任を母に転嫁することだってできるだろう。母の言葉を鵜呑みにするということは、安心への甘い誘惑なのだ。</p>
<p><em>　</em>しかし、１６歳の紗奈はそうも言っていられないのだ。将来というのは遠いものではなくなったし、今と断ち切れないものだ。未来永劫、母に責任を転嫁して生きていくつもりでないのなら、世間から責任能力が無いとされている間に責任を持たなければ、この先も持てるようにはならない気がして怖いのだ。</p>
<p><em>　</em>紗奈には莉花という友達がいた。莉花は一つ年下で、紗奈のことが「大好き」で「一生仲良し」だといつも繰り返し伝えてきた。そうだったのだがその実、紗奈と過ごす時間のほとんどは（というより一日の大半は）心ここに在らずで、「彼氏」が毎日電話してくれて自分は「愛されている」とか、おばあちゃんの目を盗んで彼氏に会った時に彼氏が自分をどんな風に褒めたかのことばかり話しているのだった。</p>
<p><em>　</em>紗奈から見ると莉花の「彼氏」はひいやりと冷たいのにギトギトしていて、隙あらば莉花の体に触りたがるが、莉花の心なんて（いや体だって）だいじにしていないように見えた。おまけに莉花よりずっとずっと年上で、それは紗奈から見れば、恋愛というより被害と呼んだ方がしっくりくるものだった。</p>
<p><em>　</em>だから紗奈は正直に伝えたのだが（莉花は悪くない。被害者だ。一緒に助けを求めよう）、莉花は「ますます紗奈を大好き」になったと言い、「一生友達でいてね」と言って抱きしめ、やがて離れていった。</p>
<p><em>　</em>紗奈はインスタグラムでフォローしてもされてもいない莉花のアカウントを見かけるたびに胸が苦しくなった。自分がほとんど更新していないせいで、莉花は紗奈のアカウントが紗奈のものだって気がつかないだけなのだと思ってみたがダメだった。苦しくてたまらなかった。紗奈は嘘が絶望的に下手な自分を呪った。</p>
<p><em>　</em>重美は紗奈のそんな話を聞いて</p>
<p>「それはジョニ・ミッチェルだ。『青春の光と影』だ」</p>
<p><em>　</em>と言った。そして紗奈を抱きしめた。紗奈は重美の胸でわんわん泣いた。泣きすぎてしゃっくりが出て、少し戻すくらい泣いてしまった。</p>
<p><em>　</em>後日YouTubeで『青春の光と影』を検索したら『Both  Side Now』という曲が出てきた。字幕付きの動画をいくつか見たし、いろんな人が訳した歌詞も読んだし、英語でも読んでみた。しかし、難しくてうまく掴めないと紗奈は思った。ただ、しんみりと寂しくなった。重美はこの曲を紗奈のことだと言ったのかしら。莉花のことかもしれない。寂しいけれど、絶望とは違う何かだと紗奈は思った。</p>
<p><em>　</em>今日、紗奈は虹郎を呼び出して近所の科学館にいた。虹郎はアイスクリームとホットコーヒーを持ってのろのろと向かいのコンビニからやってきた。紗奈は割り箸を上げて合図する。科学館の売店には綿菓子の機械があって、100円入れると、ぶうんとスイッチが入って温まる。そこにあらかじめ渡されていたカップ入りの砂糖を注ぐ。綿菓子は後から後から湧いて出て、紗奈はそれを無心で割り箸にかき集める。</p>
<p><em>　</em>二人は庭に出てベンチに腰掛けると、虹郎はホットコーヒーのカップの蓋を外して紗奈に渡す。紗奈は綿菓子をカップの上にかざす。</p>
<p>「これで雨が降るはず」</p>
<p>「いびつな雲だな」</p>
<p><em>　</em>綿菓子はコーヒーの蒸気にあてられベトベトの雫を落とす。</p>
<p>「手が汚れそう」</p>
<p>「もう汚れてるな」</p>
<p>「えんがちょ」</p>
<p><em>　</em>綿菓子の雨雲をぱくつきながら、二人は互いの学校のこと、バイトのこと、最近聞いた音楽のこと、昼に読んだ小説のことなど鉄砲を撃ち合うように話した。</p>
<p>「虹郎」</p>
<p>「なに」</p>
<p>「王様なんかシカトしようね」</p>
<p><em>　</em>虹郎はしばらくぽかんとしていたが、ぷっと吹き出して言った。</p>
<p>「王様も、エンペラーも、総理大臣もシカトだシカト」</p>
<p>「なんにも飲み込まれたくない」</p>
<p>「おう、飲まれてたまるか」</p>
<p>「自分の王国にだけ住む」</p>
<p>「その王国、アイス食い放題な」</p>
<p>「綿菓子の機械の横には必ずコーヒーマシンを置くこと」</p>
<p><em>　</em>紗奈はベトベトの割り箸を舐めている。虹郎はアイスのコーンを尖った方からかじる。</p>
<p><em>　</em>空は青く、雲はもくもくと膨らんでいく。雲の中の国はむくむく膨らむ雲に包まれたまま空を流れていった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>［© Choko Moroya］</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>※アプリ「編集室 水平線」をインストールすると、更新情報をプッシュ通知で受けとることができます。</p>
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]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>第5回　コロコロメランコリー</title>
		<link>https://suiheisen2017.com/moroya-choko/2173/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[水平線編集室]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 30 Jun 2023 00:47:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[諸屋超子]]></category>
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					<description><![CDATA[　メランコリーの日々があなたにはあっただろうか？　得体の知れない憂鬱に包み込まれ、鉛のように重たくなった手足をだらりと投げ出して椅子にもたれかかり、空を睨んでいるだけの日々が。 　古代ギリシアの医師たちは体内の“黒胆汁”&#8230;&#160;<a href="https://suiheisen2017.com/moroya-choko/2173/" class="" rel="bookmark">続きを読む &#187;<span class="screen-reader-text">第5回　コロコロメランコリー</span></a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><em>　</em>メランコリーの日々があなたにはあっただろうか？　得体の知れない憂鬱に包み込まれ、鉛のように重たくなった手足をだらりと投げ出して椅子にもたれかかり、空を睨んでいるだけの日々が。</p>
<p><em>　</em>古代ギリシアの医師たちは体内の“黒胆汁”が過剰な状態をメランコリアと呼び、それがメランコリーの語源になったという。“黒胆汁”聞いただけでずっしりと肩に重みを感じるような謎の液体“黒胆汁”。</p>
<p><em>　</em>どこまでも続く曇り空のようなこの気分は、どうやら遥か昔から人々の近くにあった馴染み深いものであるらしいのに、まるで歓迎されていない。それどころか、われわれ現代人は、元気はつらつ、幸福であるよう努める義務があるかのように感じさせられている。</p>
<p><em>　</em>幸福になるべき？　なぜ？</p>
<p><em>　</em>ある6月の朝、その男は子ども時代から愛用している机に向かい何かしきりに紙に書きつけていた。沢木ひとし23歳。</p>
<p><em>　</em>彼の顔をこっそり覗き込んでみてほしい。なかなか可愛らしい顔立ちをしていることに気がつくだろう。しかし彼は、その顔を長く重たい前髪で隠している。口をへの字に曲げて、何かぶつぶつ呟いている様は少し気味が悪いくらいだ。</p>
<p><em>　</em>彼がさっきから書いているのは遺書だ。そう、彼は自殺を企てているのだ。しかし、言葉がうまく摑めずにいるらしい。彼が死のうと考えたきっかけは、ごく平凡なことだった。彼が大学で同じサークルに所属していて、彼が片想いしている相手、前園可憐と、同じくサークルメンバーの金山豊が付き合っていると、友人から聞かされたからだ。</p>
<p><em>　</em>死のうという強い気持ちとは裏腹に、遺書というのはなかなかに書くのが難しい。</p>
<p><em>　</em>きっと今、あなたも私と同じことを考えているのではないかと思うのだが、その件について、彼は決して遺書なしには死なないと決めているようだ。そして、不出来な遺書を残すくらいなら、この計画を延期してでも完璧な遺書を残すと。しかし、言葉がうまく出てこないのだ。</p>
<p><em>　</em>はじめは簡単なことに思われた。前園可憐への思慕、腹黒い金山豊に彼女が騙されたことへの軽蔑、金山への愚痴、悪口、数々の人聞きの悪い噂たち。</p>
<p><em>　</em>しかし、3枚半書いたところで、ふと気になったのだ。これではまるで自分が僻みっぽく、陰湿な人間で、二人への腹いせに死ぬかのように見えるのではないかと。</p>
<p><em>　</em>ひとしの人生は何もこの大学生活の恋のためにあったのではないのだ。もっと奥深く、暗く悲しいものなのだ。</p>
<p><em>　</em>そこでひとしは思い切りよくそのレポート用紙を破り、丸めてゴミ箱へ投げ入れた。</p>
<p>「リスクの取れないものに成功はない」</p>
<p><em>　</em>どこかで耳にした偉人の言葉を頼りに再びペンを取る。次に書こうとしたのは自分がモテない孤独な男であるという事実だった。しかし、モテないものはモテないのであるから、語るべきエピソードもなければ事件もないのだった。試しに「誰も僕を愛してくれません」と書いてみたが、舌を垂らして励ましを待っているようでみっともない。これも却下した。</p>
<p><em>　</em>次に幼少期の深い傷が無意識に刻み込まれているということで書こうとしたが、無意識をどうやって感じるというのか、第一これでは大嫌いなフロイトに与するようなものではないかと気がつき却下。</p>
<p><em>　</em>自分が死んだ後も世界が続くのだということを、ひとしは強く感じた。絶対に衝撃を与えたい。</p>
<p><em>　</em>他の者が恐れ、遠ざけたいと考えている死。それを選んだ自分。その優越を是が非にでも著して死にたいのだ。</p>
<p><em>　</em>ひとしの筆は滑り始めた。</p>
<p>「この世界は永遠の曇り空です。この灰色に閉じ込められた場所から、僕は飛び立ちます。貧困、疫病、孤独、裏切り……この不安だらけの世界でなぜ人々は希望を抱いて笑い合えるのか。僕にはそんなもの見つけられない。みんな一体どこで買ってきたの？」</p>
<p><em>　</em>ひとしは書き上がった“遺書”を眺め、なかなかいいじゃないかと胸を張った。詩的だし、なんなら知的な感じさえ伝わってくる。</p>
<p><em>　</em>もう一通書いてみた。</p>
<p>「切れ目なく立ち込める灰色の雲が、今日も僕の心にある。目に映る空は裏腹に鮮やかな青、そして燃えるダリアの赤」</p>
<p><em>　</em>これは8月に使えるな。夏の景色と憂鬱のコントラストとは、我ながら素晴らしいじゃないか。</p>
<p><em>　</em>ひとしはさらに乗ってきて、もう一通書いた。</p>
<p>「孤独は僕の友達だ。他には誰もいないのに、彼はいつも僕の隣にいてくれる」</p>
<p><em>　</em>これには『バイ・マイ・サイド』とタイトルを記入。</p>
<p>「桎梏を引き摺って空に叫ぼうとも、枯れ切った声は届かない。雨が激しく降りしきる」</p>
<p><em>　</em>ひとしの筆は止まらなかった。ロマンチックは加速し、イメージ画をつけたものまで生まれ、四季折々の遺書も出来上がった。ひとしは張り切って文具屋へ走り、万年筆やサインペン、筆ペンなどを買い込んできた。渾身の一作は色紙に書き込んで壁に飾った。</p>
<p><em>　</em>こうしてひとしは、われわれに美しい詩を見せてくれた。と言いたいところではあるが、その出来栄えは、先ほど確認した通りであった。</p>
<p><em>　</em>しかし、メランコリーがひとしと死の間に楔を打ち込み、その生命を輝かせたことは確かだ。ひとしの“遺書”はこれからも増え続けるだろう。</p>
<p><em>　</em>少しでもまともな考えを持つ人間なら、曇りのない太陽のような人間を信頼したりしないものだ。あなたにはメランコリーがあっただろうか？</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>［© Choko Moroya］</p>
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			</item>
		<item>
		<title>第6回　愛しの唐変木</title>
		<link>https://suiheisen2017.com/moroya-choko/2369/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[水平線編集室]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 25 Aug 2023 01:03:56 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[諸屋超子]]></category>
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					<description><![CDATA[　ユニットバスの鏡の前、そこが私たちが光を初めて見つける場所だ。つま先立ちで、鏡に対して斜めに構え、真剣な面持ちの光。不器用なその指でポロシャツの襟を摘んでいる。 　壁の高い位置に取り付けられた鏡は、端の方が腐食されては&#8230;&#160;<a href="https://suiheisen2017.com/moroya-choko/2369/" class="" rel="bookmark">続きを読む &#187;<span class="screen-reader-text">第6回　愛しの唐変木</span></a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><em>　</em>ユニットバスの鏡の前、そこが私たちが光を初めて見つける場所だ。つま先立ちで、鏡に対して斜めに構え、真剣な面持ちの光。不器用なその指でポロシャツの襟を摘んでいる。</p>
<p><em>　</em>壁の高い位置に取り付けられた鏡は、端の方が腐食されてはいるものの、光の手によってよく磨かれており清潔だ。細かな錆だらけの蛇口も同じくよく磨かれているが、いくら締めてもポタポタと水が漏れてくる。</p>
<p>「全部立てるのは頂けねえ。首の後ろは立てて鎖骨に向かってすうっとおろしていくんだ」</p>
<p><em>　</em>兄貴分の克美が教えてくれたとおりに、光はポロシャツの襟を立てる。かれこれ15分格闘しているが、今度はなんとかキマりそうだ。襟がキマればキマるほど、光の間抜けっぽい雰囲気が際立つのだが、光は一向に気づかない。毎日必ず襟を立てて出かける。</p>
<p><em>　</em>克美が会社に任されて開店したバーには、「カジュアルながらもおしゃれでありたい」という克美の美学があり、光は克美のその考えに従いたいのだ。</p>
<p><em>　</em>克美は、子どもの頃から、光の憧れであった。光と克美は同じ市営住宅で育った。克美は光より5つ年上で、当時15歳。光は克美たちのグループに入りたいと、必死で毎日ついて行っていた。スーパーでの万引き、駐輪場にあるバイクの窃盗、カツアゲ。何にでもついて行った。エロビデオ鑑賞による射精大会では、光は審判としてみんなの下半身を見守った。</p>
<p><em>　</em>ある日の酒盛りで、ブラックニッカの大ボトルを盗んで持ってきた光に、他のメンバーはガムを一枚握らせて帰らせようとしたが、克美だけは光を手招きして、火のついたマルボロを渡して座らせてくれた。</p>
<p><em>　</em>初めてのタバコにむせる光を見て、メンバーたちは腹を抱えて大笑いしたが、克美はコーラで飲みやすく割ったニッカを渡してくれた。克美はいつでも笑顔を崩さず、周りの雰囲気にも動じなかった。</p>
<p><em>　</em>またある日、光の母が男と2週間蒸発した時には、万引きする弁当も選べずスーパーをうろついていた光を、克美は無言で家に引っ張って行き、食卓でたばこを吸っていた克美の母親に頼んで野菜炒めと炒り卵を作らせてくれた。</p>
<p><em>　</em>克美の母親は、何度も</p>
<p>「男と逃げるなら子どもも連れてけ」</p>
<p><em>　</em>と光の母への怒りを表明してくれ</p>
<p>「おばちゃんのおっぱいで育てなおしてやろうか？」</p>
<p><em>　</em>と鼻から煙を吐き出して笑った。</p>
<p>「ばばあは気持ち悪いこと言ってるけど、悪い奴じゃないから」</p>
<p><em>　</em>克美は母親のいすの足下に軽く蹴りを入れながらそう言い、光に火のついたマルボロをくれた。</p>
<p><em>　</em>2週間後、一文無しで帰ってきた光の母親が父親に殴られていた時には、廊下から窓を叩いて</p>
<p>「万引き行くぞ」</p>
<p><em>　</em>と連れ出してくれた。泣きじゃくる光に、マルボロを渡しながら</p>
<p>「殴り合いの後にはセックスするんだから、心配すんな」</p>
<p><em>　</em>と克美は慰めた。光は父親と母親が殴り合いながらベッドにもつれ込む姿を想像して深い安らぎを覚えた。</p>
<p><em>　</em>克美が高校を中退して間もなく、今の会社の社長がスカウトに来た。</p>
<p><em>　</em>団地の中の寂れた公園で、たばこを吸っていた克美とその友人2〜3人は社長の車に乗せられて去っていった。</p>
<p>「お前は、中学を卒業してからな」</p>
<p><em>　</em>社長は光の頭を撫でて一万円札を1枚くれた。</p>
<p><em>　</em>帰ってきた克美に聞くと「フツーの」宴会みたいなのに連れて行かれて「杯を交わした」だけだと言っていた。</p>
<p><em>　</em>克美はそれから忙しくなり、光は中学で先輩に教えてもらったシンナーを吸って暇をつぶした。</p>
<p><em>　</em>克美は、明け方、たまに光に会いに来た。</p>
<p>「シンナーとたばこは一緒にやると火事になるぞ」</p>
<p><em>　</em>と優しく教えてくれ、同じ会社に入るために、卒業までは毎日漢字のドリルを解くようにと光に言った。</p>
<p>「漢字がわかんねえとバカだと思われるから、しっかり準備しろ。毎日、必ず漢字を書け」</p>
<p><em>　</em>光は無事、克美と同じ会社に入り30年経った今も、毎日漢字ドリルを解いている。おかげで今、バーで領収書を書くときに困らない。</p>
<p>「上下のうえに、様子のようだぞ」</p>
<p><em>　</em>克美の言葉にさっとペンが動く。克美が光を見ながら満足そうに頷く。</p>
<p><em>　</em>光は克美の物知りなところを自慢に思っていた。会社に入るとき、克美は光に仏教の話をしてくれた。</p>
<p>「パンタカってブッダの弟子は勉強ができなかったんだけど、掃除で悟りを開いたんだ。お前も勉強はできねえけど、漢字ドリルを続けて、掃除を頑張っていれば俺が守ってやれるから」</p>
<p><em>　</em>光は建築現場でも、造船所でも、キャバクラの現場でも、掃除を頑張った。パチンコを打たされる日は、まずハンドルと椅子を拭いてから席についた。克美の分も、他の社員がいればその社員の分も拭いてから座った。</p>
<p><em>　</em>デリヘルの運転手の時には、車の中をいつもピカピカにしていたので喜ばれた。中でも桜という女の子は特に喜んで、休みの日に家に呼んでくれた。桜の部屋を掃除して、一緒に映画を見た。桜は字幕の映画しか見たくないと言ったが、漢字ドリルを続けていたので余裕で受け入れられた。</p>
<p><em>　</em>映画の最中、さくらがコーヒーに手を伸ばす度に、パーカーの袖からのぞく傷跡は、リストカットというのだと後で克美に聞いて知った。自分で自分を切りつける気持ちが、光にはちょっと分かるような気がした。克美と会えなかった中学時代、寂しくなった時は唇に血が少し滲むくらい噛んで、その血のしょっぱい味を味わっていると、不思議と安心したことを、光はなんとなく覚えている。</p>
<p><em>　</em>桜の家に行ったのはその一回きりで、その後も運転手をするたびに桜は「あの日はありがとうね」と缶コーヒーをくれた。</p>
<p><em>　</em>それから3ヶ月後に、桜は突然居なくなった。珍しいことでもなかったが、桜の居なくなった部屋を掃除しながら、光は少しだけ泣いた。タンスの引き出しに一枚だけ忘れられていたパンティーを持って帰って思い出にした。</p>
<p><em>　</em>中学卒業以来25年、勤めてきたこの会社で、掃除と漢字と克美だけを頼りに頑張ってきた光は、克美がバーを任せてもらえると聞いて大喜びした。店の改装工事が入る前に掃除をして克美に笑われた。</p>
<p>「光にバーテンは無理だろう」</p>
<p><em>　</em>社長からは反対されたらしいが、克美は必死に頼み込んで光をバーに入れてくれた。</p>
<p>「光をおしゃれにしてみせますって社長に宣言してきたからよ、おしゃれするんだぞ」</p>
<p><em>　</em>光はそれから毎日、出勤前はポロシャツの襟を立てている。首の後ろから鎖骨へ。すうっとすうっとながれるように。</p>
<p><em>　</em>爪先立ちで鏡を覗く男、光。私たちは光を見つけた場所に戻ってきた。これで終わりかって？　そう、終わり。彼をどこかへ連れて行こうとするのは、作家の傲慢でしかないではないか？　彼が鏡の前に踏み台を置くよう声をかけることは、克美だけに許された特権なのだから。</p>
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<p>［© Choko Moroya］</p>
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			</item>
		<item>
		<title>第7回　扁桃体ララバイ</title>
		<link>https://suiheisen2017.com/moroya-choko/2524/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[水平線編集室]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 26 Oct 2023 21:47:11 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[諸屋超子]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://suiheisen2017.com/?p=2524</guid>

					<description><![CDATA[　偉大な指揮者に敬意を込めてマエストロと呼ぶことがあるが、イタリア語またはスペイン語のマエストロの語源はラテン語のmagister（主人）でより偉大な人という意味のmagisから派生している。 　イタリア語で指揮者はdi&#8230;&#160;<a href="https://suiheisen2017.com/moroya-choko/2524/" class="" rel="bookmark">続きを読む &#187;<span class="screen-reader-text">第7回　扁桃体ララバイ</span></a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><em>　</em>偉大な指揮者に敬意を込めてマエストロと呼ぶことがあるが、イタリア語またはスペイン語のマエストロの語源はラテン語のmagister（主人）でより偉大な人という意味のmagisから派生している。</p>
<p><em>　</em>イタリア語で指揮者はdirettoreで語源がdi（離れて）rect（支配する）前方上段もしくは天上がイメージされるその立ち位置がそもそも神めいたというのか、偉大さを感じる配置だ。一方英語ではconductorであり語源はcon（=com 一緒に）duct（導く）ものなので、その立ち位置は隣あるいは、せいぜい列の先頭のイメージで身近さや親しみを感じてしまう。</p>
<p><em>　</em>だからこそ英語圏でも威厳を持たせるためにマエストロという表現がしばしば使われるのかもしれないが、さて、世界に指揮者がいるとして、我々と「一緒に」いるのだろうか、「離れて」いるのだろうか？</p>
<p><em>　</em>世界の指揮者とは、宗教で言うところの神だろうが、それはあるものには大自然そのもので、ある者には大国の長のことかもしれない。またあるものには勤務先の経営者、否、直属の上司かもしれない。</p>
<p><em>　</em>つまり我々は普段、世界という言葉に共通認識を持っている気になっているが、その実、イメージされる範囲はそれぞれ異なり、千差万別でなのである。</p>
<p><em>　</em>さらに、上司を神とする者が世界は広く神との距離をdi（離れて）いると感じ、宇宙全体を世界とし一神教を信仰するものにとって世界は狭く神はcom（一緒に）いると感じているという可能性も考えられる。日当たりのいい窓辺に置かれたいすの上で、母親に抱かれた赤ん坊が世界をどう感じているか想像したときと同じで、本当はどうなのか、外から見ても全く分からない。</p>
<p><em>　</em>さて、世界の指揮者a.k.a神。その前に置かれた楽譜にはどんな発想記号が書かれているのだろうか？</p>
<p><em>　</em>鈴木武の部屋が見えてきた。彼の部屋はマンションの13階、角部屋。今は昼間だというのに会社にも行かずYouTubeを見ている。武は神の楽譜にはきっとCapriccioso（きまぐれに）と書いてあるに違いないという考える人物だ。</p>
<p><em>　</em>画面には、所帯じみた市営住宅のキッチンで中年夫婦が夕飯の準備をしている動画が映し出されている。</p>
<p><em>　</em>といっても、夫はカメラを回して</p>
<p>「ママー、今夜の夕飯はなあに？」</p>
<p><em>　</em>と子どもじみた二重表現で問いかけているだけで、妻だけがいそいそと業務用スーパーで買ってきた冷凍食品を揚げたり、焼いたりしているのだ。</p>
<p><em>　</em>その間、夫婦の（というよりはほとんど妻の）おしゃべりは止まらず、食事が完成した際に彼女が</p>
<p>「お片づけして」</p>
<p><em>　</em>と呼びかけたことで、この夫婦に幼い息子がいたことに気づかされる。</p>
<p><em>　</em>何本も何本もアップロードされたその同じような動画を、武は次々と開いては飽きることなく見ている。</p>
<p><em>　</em>もし、この家族にとってこの狭苦しい市営住宅の一室が世界なら、神はdi（離れ）ているのかcom（一緒に）いるのか？　半年は美容室に行っていないような髪をヘアクリップで無理矢理ひねり上げたこの女こそがもしかしたらその人なのか。</p>
<p><em>　</em>女が腰からぶら下げたタオルに目を奪われつつ武はなぜ自分がこんな動画を見ているのか、自分は一体何を見ているのか考え続けていた。</p>
<p><em>　</em>質問コーナーというタイトルの動画を見つけて開いてみる。そこでは、女がこのチャンネルが獲得した5万人もの登録者を、彼女に〈興味を抱き〉〈夢中になり〉〈憧れている〉人々と前提して語りかけていた。彼女は広場にそびえ立つ独裁者の像のように堂々としている。</p>
<p><em>　</em>一方、それを見ている武はというと、先日遠い国で始まった戦争のニュースを受けて怖くなり、今朝、会社を休んだのだ。</p>
<p><em>　</em>毎朝、指揮者a.k.a神が武の鼻先に指揮棒をつきつけて言う。</p>
<p>「都心の駅構内にはテロの危険性がある」</p>
<p>「出張を言い渡されればさらなる危険地帯である空港へ向かうことになるぞ」</p>
<p>「中東なんて遠いかね？　ここ日本には関係ないかい？」</p>
<p>「さあ、どうする？　どうする？　会社員という仮の姿が君の本質にすり替わって命を投げ捨てるのが見えるようだ」</p>
<p><em>　</em>指揮棒に呼ばれたように焦燥感が押し寄せる。それでも昨日までは怯えつつも電車に乗っていつも通りに会社へいっていたのだ。とても肩が凝った。緊張をほぐしたいと、飲めもしないのに飲み屋に立ち寄り、酒をあおってトイレに駆け込んだ。そして今朝、靴を履こうと掴んだ靴ベラを下駄箱にぶつけて折ってしまい、なんだかもう頑張れないような気になって、ついに会社を休んでしまったのだ。</p>
<p><em>　</em>こんな気持ちでいることは、誰にも話せていない。今回の戦争の経緯をきちんと把握している自信すらないのに、こんな風に追い込まれるなんて滑稽だと感じていた。</p>
<p><em>　</em>もちろんインターネットで調べたり、新聞に目を通したりして、把握できることは把握しておきたいと頑張ってみたが、知れば知るほど自分が分かっていないということがわかるばかりで、なにも分からないという気持ちだけが強まった。そして、分からないものはとても怖かった。ただ、無関係には済まされないような感じがして、怖くてたまらなかった。</p>
<p><em>　</em>しかし、市営住宅の彼女は違う。彼女は世界のすべてを知り、余裕しゃくしゃくで語りかけてくる。</p>
<p>「このスーパーのプライベートブランドは値上げしない」</p>
<p>「自然の中に居たいからフェイクグリーンを沢山飾ってます」</p>
<p>「群馬が海なし県って嘘だよ」</p>
<p><em>　</em>海をも動かすことのできる彼女は、きっと遠い国の戦争に怯えるなんて愚かなことはしないだろう。</p>
<p><em>　</em>彼女は何一つ知らないことがなく、彼女は何にも屈さない。トレンドなど一つも取り入れていないヘアスタイルを堂々と解説し（彼女の髪は美容室ではなく彼女の手によって切られていた）使用しているシャンプーを打ち明け、夫とのなれそめを語る。武は、何一つ知りたいと思っていなかったのに、彼女の何もかもを知ることになった。</p>
<p><em>　</em>そうしているうちに、不可解なことに武は、彼女の立つ広場に5万人の同志たちと集まりたくなった。集まって、彼女に導かれたくなった。</p>
<p><em>　</em>彼女はどんな些細なコメントにも目を通し。少しでも彼女を批判したり、間違いを指摘したコメントを見つけると、その者がどれほどものを知らず、どれほど間違っているかについて必ず言及した。</p>
<p><em>　</em>彼女はdi（離れて）いるようで、com（一緒に）いるようだった。武は彼女 a.k.a 神との距離が測れなくなり、世界は伸び縮みした。そして混沌のなか、武は不思議なことに平安を手にし始めていた。</p>
<p><em>　</em>彼女は絶対に間違えない。彼女こそはマエストロだ。さらに彼女が今指揮している楽譜にはRigoroso（厳格に）と書いてあるに違いない。きっと作曲者も彼女だ。</p>
<p><em>　</em>画面から目を離すと、外はすっかり暗くなっていた。窓に反射する自分の部屋がやけによそよそしくて心細くなった武は鼻歌混じりに腕を振ってマエストロを気取ってみた。それに飽きると、朝が早く来るように祈りながら明日のネクタイとワイシャツを丁寧に選び始めた。</p>
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<p>［© Choko Moroya］</p>
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<p>※アプリ「編集室 水平線」をインストールすると、更新情報をプッシュ通知で受けとることができます。</p>
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		<title>第8回　ブルーにしないで</title>
		<link>https://suiheisen2017.com/moroya-choko/2706/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[水平線編集室]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 22 Dec 2023 00:14:07 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[諸屋超子]]></category>
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					<description><![CDATA[　それはおとがいを鼻に押し当てた時と同じ湿った風のふく夕暮れでした。 　その昼に、東京から須磨子が帰ってきていると、母のLINEで知らされていた私は、ちょっと嬉しくて、ちょっとハラハラしていました。 　須磨子は明るく、無&#8230;&#160;<a href="https://suiheisen2017.com/moroya-choko/2706/" class="" rel="bookmark">続きを読む &#187;<span class="screen-reader-text">第8回　ブルーにしないで</span></a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><em>　</em>それはおとがいを鼻に押し当てた時と同じ湿った風のふく夕暮れでした。</p>
<p><em>　</em>その昼に、東京から須磨子が帰ってきていると、母のLINEで知らされていた私は、ちょっと嬉しくて、ちょっとハラハラしていました。</p>
<p><em>　</em>須磨子は明るく、無責任で、人にすごく嫌われたり、バカみたいに崇拝されたりするような、そんな子でした。私たちは家が近所で、小中高の同級生でもありました。</p>
<p><em>　</em>私は週に一度のノー残業デーを利用して、今年から韓国語初級講座に通い始めました。その日は、その講座の帰りにスターバックスに寄ろうと店の前まで行くと、中から須磨子が出てきました。</p>
<p>「千里！」</p>
<p><em>　</em>もともと大きな目をこれでもかというほど見開いて、須磨子は私と再会した驚きを表現しました。まるでこの町に住んでいるのが須磨子で、突然現れたのが私みたいに。</p>
<p>「すまちゃん、帰ってたんだね」</p>
<p><em>　</em>私が微笑むと須磨子はテイクアウト用のカップを手にしていたにも関わらず、反対の腕を私の腕に絡ませ、店内へ入っていきます。</p>
<p>「一緒に飲も！」</p>
<p>「でもすまちゃん、テイクアウトしたんじゃ……」</p>
<p>「大丈夫、今作ってもらったばっかりだから冷めないよ」</p>
<p><em>　</em>私が気にしていたのは税率のことでしたが、言えませんでした。</p>
<p><em>　</em>私が注文する間、須磨子は店の前で私とばったり会って戻ってきたのだと店員さんに嬉しそうに話していました。</p>
<p>「ついでにドーナツも食べちゃおう」</p>
<p><em>　</em>須磨子が追加注文をしたので、税率の罪滅ぼしが出来た気がしてほっとしました。</p>
<p><em>　</em>私はネットで覚えたカスタムをオーダーしたラテと、ワッフルに生クリームとはちみつをつけてもらい席に着きました。</p>
<p>「すまちゃんは飲み物何にしたの？」</p>
<p>「コーヒー」</p>
<p><em>　</em>スターバックスでただのコーヒーを頼むのが勿体無いと思ってしまう私と、軽減税率を適用して購入したカップを持って堂々と席に座る須磨子では、私の方がケチくさく、しみったれてしまうのはどうしてでしょう？</p>
<p><em>　</em>そんなことを考えると、またハラハラし出したので、私は気を取り直して話題を振りました。</p>
<p>「すまちゃんいつ帰ってきたの？」</p>
<p>「今日……ん？　昨日か。国内なのに時差ボケ気味？　あはは。昼に千里ママにばったり会って、夕方は千里ご本人登場じゃーん？　マジ運命感じたわー！　元気？　元気ィ？」</p>
<p><em>　</em>須磨子がまくし立てるように話している間、私はうん、うんとうなずいて微笑んでいました。他にリアクションも思いつかないので、須磨子といる時には大抵うっすら微笑んでうなずいています。</p>
<p>「お休みがとれたの？」</p>
<p><em>　</em>12月半ばという中途半端な時期の帰省の理由が知りたくてたまりませんでした。期待が高まり、ソワソワするお尻のあたりを落ち着かせようと座り直しました。</p>
<p>「あー、んー、年末のこんな忙しい時期にうっかり男と別れちゃってさ。失恋休暇？　有給を取る権利万歳？　マジ傷心。千里に会えてマジ奇跡！　ぴえんぴえん」</p>
<p><em>　</em>私は嬉しさが込み上げて優しい気持ちになれました。</p>
<p>「すまちゃんが失恋？」</p>
<p>「そうなのよ。ぴえんだよー」</p>
<p><em>　</em>そう言ってドーナツをコーヒーで流し込む須磨子は、笑ってこそいましたが、どことなく寂しげで美しいのです。</p>
<p><em>　</em>私は再び込み上げてきたハラハラを打ち消すように「嫌な男なんだね。きっと」と吐き捨てました。</p>
<p><em>　</em>須磨子は一瞬驚いたようすでしたが、すぐに表情を戻しました。</p>
<p>「んー、まあ2年も一緒に暮らしてきたから情もあるけど……そうよね？　私と別れるなんて嫌なヤツ、嫌なヤツ」</p>
<p><em>　</em>おどけながらグーパンチのポーズをしてみせる須磨子。私もグーパンチを真似て笑いました。須磨子みたいに可愛くなれないグーパンチ。角度の問題でしょうか？</p>
<p><em>　</em>須磨子が私の近況をたずねてきたので、私は韓国語初級講座のテキストを見せたり、先日購入した今年のクリスマス限定コフレの写真を見せたりしました。</p>
<p><em>　</em>そのいちいちに須磨子は「わーすごい！」「きゃー！　可愛い」とリアクションをとってくれるので、私はハラハラから解放され気持ちよくなっていきました。</p>
<p>「すまちゃん、お休みはいつまで？」</p>
<p>「一応1週間」</p>
<p><em>　</em>あと少しで年末年始の休暇が始まるというのに、よくもそんなに有給休暇が取れたものだと呆れました。私なら、有給休暇取得は労働者の権利なんていう「建前」を真に受けることは出来ません。</p>
<p>「職場に戻った時気まずくないの？」</p>
<p><em>　</em>須磨子は驚いた顔で私を見ました。こういう時なんです。私が須磨子をつくづく無責任だと感じるのは。きっと私に言われるまで、他の人の負担や迷惑を考えてもみなかったのでしょう。</p>
<p>「まあ、一応2、3日かけて仕事振り直したり、リスケもしてきたからね。ごめんね、よろしくーって。あとは気にしてちゃやってけないじゃない？」</p>
<p><em>　</em>気にせずによくもやってこれたものだと思います。須磨子の持ち物を見る限り、収入は良さそうです。</p>
<p><em>　</em>会社の有給休暇なんて、ためにためて、会社からの勧告で変な時期に慌てて取らされる私がこんなに慎ましやかな暮らしをしていて、ちゃらんぽらんな須磨子の無造作に投げ出したバッグがGIVENCHYなんて、世の中どうかしています。</p>
<p><em>　</em>須磨子が彼氏に振られたのでなければ、とてもじゃないけど私は……。私は……。</p>
<p>「で、どうして別れたの？」</p>
<p><em>　</em>そういえば、須磨子が彼氏に振られた経緯を聞いていないことに思い当たってたずねてみました。</p>
<p>「んー、あいつはさ、結婚したいらしくて。でも私はまだ32歳だし、あいつなんてまだ27歳だし。それに私、結婚したいかどうかも分かんなくて」</p>
<p>「え？　結婚したくないの？」</p>
<p>「え？　千里はしたいの？」</p>
<p><em>　</em>私はそれまで結婚がしたいのか、したくないのか自分に問うてみたことはありませんでした。結婚は、何というか避けられない義務というか、必ず訪れるであろうライフイベントで、私の年齢ならそろそろ出遅れを気にすべきだと周囲に思われているのではないかと気になりつつ過ごしていたのです。</p>
<p><em>　</em>父や母が夕飯の席で</p>
<p>「今どきは結婚を急かす時代じゃないからね」</p>
<p><em>　</em>と話しているのを聞くと、心の中でごめんなさいと手を合わせていました。それは義務であって、私に選ぶ権利があるなんて思ってもいませんでした。</p>
<p>「……わかんない」</p>
<p><em>　</em>でしょう？！　須磨子は笑って</p>
<p>「あえて結婚のこととか考えるタイミングなんてないよね」</p>
<p><em>　</em>と頷く。</p>
<p>「なのにあいつってば、僕は年齢的にもそろそろ真剣な付き合いがしたいって出ていったんだよ。お前のゴールは結婚かぁ？　私たちの今まで過ごした時間はなんだったんだよって感じ！」</p>
<p><em>　</em>コーヒーをぐびぐびと煽って、カップをわざとらしくテーブルに叩きつけた須磨子を見て、私はまたハラハラし始めました。</p>
<p><em>　</em>私は一体、須磨子のことが好きなのでしょうか？　嫌いなのでしょうか？</p>
<p><em>　</em>須磨子が誰かに結婚したいと思われていたこと、それを迷惑だとばかりに切り捨てた上、被害者ヅラをできる図々しさを見ていると、私のお腹の中に真っ黒な渦が広がっていくようです。</p>
<p><em>　</em>こんなにワガママを言って、人を傷つけても、人に迷惑をかけても平気な顔で過ごしている須磨子は、本来なら少しは反省するような痛い目にあうべきなのではないでしょうか？</p>
<p><em>　</em>須磨子がこんな調子だから、私は彼女に会うたびに、モヤモヤと黒い渦をお腹に抱える羽目に陥り、もしかしたら自分って嫌な人間なのではないかとハラハラさせられるのです。</p>
<p><em>　</em>私はやはり少し幼稚な部分があるようで、いっそ手放して、彼女にはいつか然るべき天罰が下ると考えられる大人になれれば平穏なのだと思います。でも今は、どうしても今すぐに因果応報をしっかり感じたいと思ってしまう。須磨子のせいで自分の人柄さえ疑わしくなり、いつか私の性格は最悪だと刻印が押されてしまうのではないかとハラハラするばかりで、なすすべもありません。</p>
<p><em>　</em>こんな気持ちは、私が大手企業の男性と結婚出来ればおさまるのでしょうか？　もしくは、須磨子が大人のたしなみや、わきまえを身につけてくれれば落ち着くのでしょうか？</p>
<p><em>　</em>わかりません。</p>
<p><em>　</em>今は、少なくとも、私の方がオシャレなカスタムドリンクをスターバックスで注文できて、須磨子はおじさんみたいに「コーヒーください」としか注文できないのです。つまりは私も負けてばかりではないのです。</p>
<p><em>　</em>そんな事実に励まされて甘苦いコーヒーをすすると、すっかり冷めてしまっていました。</p>
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<p>［© Choko Moroya］</p>
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		<title>第9回　さあ、ご一緒に</title>
		<link>https://suiheisen2017.com/moroya-choko/2881/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[水平線編集室]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 01 Mar 2024 01:48:26 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[諸屋超子]]></category>
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					<description><![CDATA[　林芙美子は魚臭い廓について「お女郎は毎日秋刀魚ばかり食べさせられて、体中にうろこが浮いてくるだろう。」と書いた。秋刀魚が安物だった時代のこと。一方、2024年の我々は、秋刀魚はそろそろ高級魚の仲間入りだと嘆いている。 &#8230;&#160;<a href="https://suiheisen2017.com/moroya-choko/2881/" class="" rel="bookmark">続きを読む &#187;<span class="screen-reader-text">第9回　さあ、ご一緒に</span></a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><em>　</em>林芙美子は魚臭い廓について「お女郎は毎日秋刀魚ばかり食べさせられて、体中にうろこが浮いてくるだろう。」と書いた。秋刀魚が安物だった時代のこと。一方、2024年の我々は、秋刀魚はそろそろ高級魚の仲間入りだと嘆いている。</p>
<p><em>　</em>秋刀魚は秋刀魚として生まれただけだ。とって喰われるだけでも嫌なのに、安いだの高いだのぶつぶつ言われていい迷惑だろう。</p>
<p><em>　</em>いまや死語となった「適齢期」という言葉によって、市場価値が高いだの低いだの大暴落だの売れ残りだの、好き放題言われたら女たちは、しかし未だ死んではいない。死ぬどころかまだまだピンピン生きている。</p>
<p><em>　</em>須賀真智子は、今日が給料日であった。エコバッグから野菜を取り出しながら習慣でテレビをつけた。</p>
<p>「最近の女子大生の結婚観は実に昭和的で向上心に欠け……」</p>
<p><em>　</em>訳知り顔の大学教授がふんぞり返って話している。実に気持ちよさそうに話している。人は自分の話を聞いてもらう時、本当に気持ちの良さそうな顔をしているものである。</p>
<p>「どうして『お偉いさん』たちは今でも男ばかりなんでしょう？　同じ仕事をしていても男女間でお給料の格差があるのはなぜでしょう？　ところで『女子大生』って昭和的な響きがありますね」とはインタビュアーは言わなかった。ただただ相槌をお上手に打っていた。彼のこの愛らしさを最大限に引き出すような髪型と清潔感あふれるスーツは、一体誰が選んでいるのか。きっとプロフェッショナルだ。イメージという曖昧なものを明確に捉えているプロフェッショナルだ。世の中にはいろんなプロフェッショナルがいるものだ。</p>
<p><em>　</em>真智子は今日、仕事帰りにデパートの婦人服セールに立ち寄った。お給料日にセールがあっているなんて、こんな幸運滅多にないぞと張り切ってエスカレーターを上がって行ったが、ニットの一枚にも手が出ずに会場を出た。</p>
<p><em>　</em>八百屋に寄って、チコリ、ケール、プチベール……愛らしくフリルのついた野菜たちを買って帰る。冷蔵庫にあるパプリカ、レッドキャベツ、ミニトマトとカラーコーディネートだ。</p>
<p>「ドレスが買えないなら、野菜を買えばいいじゃない？」</p>
<p><em>　</em>そうそう。とっておきのエディブルフラワーもあったのだ。あれをサラダに散らそう。それから、宝石みたいなナツメも買ったから、キラキラの春雨と合わせて作ったことのない中華スープにチャレンジしたいな。1人じゃ食べきれそうもないから、環ちゃんに声をかけよう。</p>
<p><em>　</em>真智子は知らず知らずに笑顔になる。独身、中年、貧乏のトリプルパンチの真智子であるにも関わらず、笑顔で買い物を抱えて帰ったのである。</p>
<p><em>　</em>環は先日、10年来の不倫関係にあった男にケリをつけた。ケリをつけたというか振られたのだが、どっちだって同じことだ。</p>
<p>「私、カルト信仰の人って嫌いよ。純粋を装っていても結局、欲の皮が突っ張ってるのよね」</p>
<p><em>　</em>環が先日、ワイドショーで政治家のスキャンダルを眺めながら言い放った言葉。</p>
<p><em>　</em>環の相手の男には、真智子も1度会ったことがあった。男は、自分の使っている食器用洗剤とフライパンを買ったほうがいいと熱心に勧めてきた。会員価格で手に入るから「お値打ち」だと男は息巻いた。その目の充血と皮脂のテカリは今でも忘れられない。なんだかギトギトしたリビドーを見せつけられたようで、真智子はその夜、夕飯の上海焼きそばをすっかり戻してしまった。</p>
<p><em>　</em>男と会っていた頃、真智子にとって環はちょっと嫌なことをいう奴だった。</p>
<p>「真智子、せっかくキレイなのに勿体無い」</p>
<p>「女を捨てちゃおしまいよ」</p>
<p><em>　</em>しかし、最近は考えを方向転換したらしい。曰く</p>
<p>「女でいようとするから、男から『俺の女』として捨てられるのだ」</p>
<p><em>　</em>女とか男とか、若者とか年寄りとか、金持ちとか貧乏とか、病人とか健常者とか、マジでうるせえ。</p>
<p><em>　</em>真智子はつくづくそう思う。眉のかっこいい描き方の練習も、まつ毛をセパレートに広げるマスカラ選びも、秋刀魚みたいに札をつけられ並べられるためにやってるわけじゃない。</p>
<p><em>　</em>2人には好きに生きるためにやっていることがいくつかある。</p>
<p><em>　</em>まず、「ゲーセン」で遊ぶ。ゲームセンターのことだ。せっかくおばさんになったのだ。おばさんが「ゲーセン」にいたら面白いから、張り切って遊びに行く。</p>
<p><em>　</em>同じ本を読んで、可笑しかったところを2人で指さして大笑いする。辛辣なツッコミが入れられると、ゲラゲラ笑って喜ぶ。</p>
<p><em>　</em>YouTubeで流行っているダンスの練習をする。ちょっと練習しただけで真智子がギックリ腰になった時には、情けなさが可笑しくて、2人とも涙を流して大笑いした。</p>
<p><em>　</em>真智子は若い頃、お金持ちになりたかった。美人にもなりたかったし、教養のある人にもなりたかった。</p>
<p><em>　</em>手始めに身を粉にして働いてみたが、そのおかげでお金は入ってくるが、身も心もズタボロになった。肌荒れ解消のための買い物や、キャリアアップのための勉強で金も時間も消えて行った。買ったまま読めない本だけが溜まって行って、そうやって失ったものが惜しくてたまらなくなり、夜になると酒を飲んで起きていようとした。起きて取り戻そうとするのだが、ただ頭痛とむくみの朝がやってくるだけだった。</p>
<p><em>　</em>毎日、何も出来ないまま日が暮れては日が昇り、やがて消化不良は不安に変わり、何か取り返しのつかない失敗をしてしまうのではないかという漠然とした不安が付き纏うようになった。</p>
<p><em>　</em>不安を打ち消すように懸命に働けば働くほど、金はなくなり人からは嫌われて行った。人に好かれたくて、好かれるパワーが欲しくて、金や美貌や教養を欲していたのに、パワーで惹きつけるはずが、どんどん嫌われて行くのが可笑しくて、なんとも切ない笑いが込み上げた。このレースから早く降りたいのに、降り方がすっかり分からなくなっていた。</p>
<p><em>　</em>フライパンの男も案外レースから降りられなくなっただけの悲しい奴なのかもしれないと、今になって真智子は思う。</p>
<p><em>　</em>降りられないレースを走り続け、疲弊した真智子は、死にたい夜を過ごし続けて3ヶ月。えいっと思い切って会社に退職願を提出した。降り方なんて大したことなかったのかもしれない。しかし、降りてからも、真智子は何ヶ月も生きていることへの罪悪感が拭えずに苦しんだ。</p>
<p><em>　</em>そんな日々も今は昔。楽しみにしていた退職金や年金の積立はなくなり、将来に希望は無くなった。</p>
<p><em>　</em>もしかしたら今後、真智子や環が、金持ちになったり、玉の輿に乗ったり、広々とした一軒家を手に入れるなんてことはないのかもしれない。いや、きっとないだろう。だからこそ、今日、きれいな食用花びらをなんの迷いもなく頬張って飲み下せるのだ。</p>
<p><em>　</em>請求書に優先順位をつけながら、ネットショップの買い物かごに買うあてもない商品を投げ入れながら平気で笑っていられるのだ。</p>
<p><em>　</em>真智子と環にはプチヴェールのペペロンチーノと、色とりどりのサラダ、リプトンの紅茶に氷をつけて乾杯した。</p>
<p>「いつかのための辛抱は、希望のある人だけがすることよ。希望を失ったのだから、もうなんの遠慮もいらないよね。さあ、ご一緒に！　朗らかに歌いましょう！」</p>
<p><em>　</em>真智子と環は大きな声で妖怪人間のテーマを歌う。</p>
<p><em>　</em>ケリのついたはずの男からの着信、払いきれない請求書、出し忘れた不燃ごみ。</p>
<p><em>　</em>春の近づく温かな夜の中、みんな一緒に歌っている。</p>
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<p>［© Choko Moroya］</p>
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			</item>
		<item>
		<title>第10回　凡凡某凡</title>
		<link>https://suiheisen2017.com/moroya-choko/2959/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[水平線編集室]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 26 Apr 2024 08:11:07 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[諸屋超子]]></category>
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					<description><![CDATA[　彼女を見たのはちょうど1週間前。その日は会社の飲み会の帰り道で、わたしはいつもより遅い電車に乗っていた。 　乗車率は60%といったところか。彼女はいつの間にかわたしの真向かいの席に座っていた。 　おしゃれ上級者風な国産&#8230;&#160;<a href="https://suiheisen2017.com/moroya-choko/2959/" class="" rel="bookmark">続きを読む &#187;<span class="screen-reader-text">第10回　凡凡某凡</span></a>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><em>　</em>彼女を見たのはちょうど1週間前。その日は会社の飲み会の帰り道で、わたしはいつもより遅い電車に乗っていた。</p>
<p><em>　</em>乗車率は60%といったところか。彼女はいつの間にかわたしの真向かいの席に座っていた。</p>
<p><em>　</em>おしゃれ上級者風な国産ブランドの本革ショルダーバック、私鉄系スーパーの衣料品売り場にあるようなフリース素材のピンクのシャツ（たのしく遊ぶ仔犬たちのアップリケ付き）の上に、愛らしい女子大生がSHOPLISTで買ったようなガーリーなダッフルコート、ボトムスはセンタープレスの効いた黒いスラックスに、女子高生の履くような合皮のローファー。</p>
<p><em>　</em>奇妙な格好の40絡みの彼女は、癖っ毛風の黒髪ショート頭をゆっくりと回し、連れもいないのに少しニヤついた表情。</p>
<p><em>　</em>彼女の経歴の手掛かりを、わたしがひとつも見つけられずに戸惑っていると、彼女はすっと右手の人差し指を立て、ゆっくりとそれを持ち上げて、それからいきなりわしわしと右の鼻の穴をほじり出した。</p>
<p><em>　</em>わたしは雷に打たれたように痺れてしまった。チカチカと目の前を嫉妬、怒り、侮蔑そして羨望が渦巻いて鼓動が激しくなっていく。</p>
<p><em>　</em>わたしは勢いよく立ち上がり、彼女に向かって掛け出すと、全体重を込めた平手打ちを彼女の左頬にかまし、言葉にならない雄叫びを車両中に響き渡らせるところだった。</p>
<p><em>　</em>なんとか持ち堪えたわたしは、鞄からリフレッシュ用の目薬を出して、ゆっくり両目にさして、ティッシュペーパーで目の周りを丁寧に拭う。しかし、出口を失った激情は、私の内臓を熱く燃やして猛り狂う。</p>
<p><em>　</em>平凡から抜け出したい。平凡じゃなくなりたい。いっそ汚れものでもいいから忘れられない人になりたい。</p>
<p><em>　</em>周囲が固唾を飲んで彼女の指の行方を見守っている。彼女は注目されるのなんか日常茶飯事とでもいうように、退屈そうにあくびをする。</p>
<p><em>　</em>鎮まれわたしの中の激情。叶わないものに憧れても虚しいだけだろう。</p>
<p><em>　</em>その夜は、どうやって帰ったのか分からない。いつものBASEのパンとぬるくなったマウントレーニアのカフェラテが入ったコンビニの袋が、一人暮らしの小さなテーブルに置いてあったことで、自分がいつものようにコンビニに寄り道したのだと分かった。</p>
<p><em>　</em>わたしは平凡な自分が嫌でたまらない。嫌でたまらないが抜け出し方がわからない。</p>
<p><em>　</em>あの翌朝も、前夜の飲み会の浮かれ気分が残る同僚たちのおしゃべりの中で、存在感の薄さを大いに発揮した。</p>
<p><em>　</em>「高橋さん、昨日はお疲れ様でした！　いつの間にか帰っちゃっててさみしかったよー」</p>
<p><em>　</em>わたしの名前をいつも間違う山城さんはニコニコ悪気のない笑顔。お疲れ様と手を振って見送ってくれたのはなんだったのか。</p>
<p>「高梨さん、昨日のお釣りはデスクの上の封筒ね」</p>
<p><em>　</em>すぐにわたしの正しい名前を口にした馬渡さんだったが、親密な目配せも、意味深な笑顔もなし。自分が呼んだ名前こそ正しいのだという自信があるわけではなさそうだ。</p>
<p><em>　</em>高橋さんないし高梨さんのわたし。</p>
<p><em>　</em>同期の佐原さんとは、お昼を一緒に食べたり、食べなかったり、会社帰りにお茶することも稀にある仲で、だから会社の中でも特別に友人もおらず浮いているわけではないわたしなのだが、では、佐原さんと何の話題で盛り上がるのかというと、部長の他愛ない愚痴、もしくは話題のスポットについての世間話だ。</p>
<p>「マルイのリニューアル、もう行った？」</p>
<p>「この前スイパラで友達とお腹はち切れそうになったよー」</p>
<p><em>　</em>話題のスポットの話題具合は、ホットペッパーかR25で得られるレベル。深く個人の趣味に根差したりしていない。スイパラでハメを外す友達は決してわたしではない。その程度の仲。</p>
<p><em>　</em>しかし、わたしが平凡だからと言って、佐原さんは平凡というわけではない。わたしは、以前、何かの流れから佐原さんとInstagramで繋がった。ほとんど投稿をしない、しても地味で目立たないわたしのアカウントの存在を、きっと佐原さんは忘れてしまっていることだろう。</p>
<p><em>　</em>でもわたしは、佐原さんがちょこちょこと夜中に病みストーリーをあげているのを知っている。</p>
<p><em>　</em>真っ暗な画面に、白抜きの小さな文字で文章がびっしり。わたしはそれを、必ずスクショして、拡大して隅から隅まで読んでいる。</p>
<p>「守れない約束ならして欲しくなかったよ。期待するたび苦しくて、こんなんなら出逢わなければよかったのかな？　たぶん、朝が来たらなんでもないよって笑って許しちゃう自分がきらい」</p>
<p>「あなたの笑顔が見られるならって、髪型も、お化粧も、洋服も……あなたの喜ぶわたしになった。すべてあなたの好みにしたのに、夕飯のとき、3度鳴って切れたあの着信はなに？　ごめん、あなたがお風呂に入った隙にわたしはあなたのスマホに手を伸ばした。そんな女の子、あなたはちっとも好きじゃないのに」</p>
<p>「だれにも助けてって言えない。あなたを他人に悪く思われたくないから。でも、悪い人だよね。分かってる。分かっててもそばにいたいって、痛い女かな？　胸が痛いよ」</p>
<p><em>　</em>わたしはそれを読むたびに、ため息が溢れる。なんて陳腐で独りよがりな言葉たち。時代錯誤な尽くす女の自分に酔いきって発せられた言葉たち。真夜中に流れてきて、数時間後の朝には削除される言葉たち。そんなものを人前に晒せるのは、間違いなく自分が特別な人間だという自覚があるからだ。</p>
<p><em>　</em>わたしだってあげてみたい。病みストーリー。こんなことが言えるわたしなら、もっと自分を好きになれるのに。でも、そもそも夜中に抑え切れなくなるほどの切なさはわたしの暮らしの中にない。</p>
<p><em>　</em>真夜中は特別な人のための時間。</p>
<p><em>　</em>わたしだって、いじけてばかりいないで、特別になろうと努力したこともある。例えば、去年の大型連休には、派手目のヘアカラーに挑戦した。連休明け、イメージチェンジしたわたしで出社したならば、きっとわたしは存在感を手に入れられる。そう思ったのだ。</p>
<p><em>　</em>4時間の美容室滞在の末、イヤリングカラーを赤にした、ちょっと明るめの垢抜けヘアが完成した。鏡の中で髪の毛だけが特別になっていた。特別な髪の毛をかぶった平凡なわたしのみじめな姿。</p>
<p><em>　</em>それから数日、服を着替えてみたり、じっと慣れるまで鏡を見つめてみたりしたが、どうにも馴染まないので、連休最終日に急遽髪色戻しに美容室へ行った。前回と同じ美容室では変に思われてしまうし、平凡な奴がいい気になっていると思われたくはなかったので、別の大手チェーンの美容室に行った。</p>
<p>「髪が少しだけ傷んでますね。まあ、そうひどくはないのですが、念のため、トリートメントを追加しませんか？」</p>
<p><em>　</em>髪の傷みすら平凡なわたしは、押しの弱いセールストークでグレードが中間のトリートメントを選んで追加してもらった。仕上がりはまあ、そこそこ。広告ほど輝いてもいないが、詐欺というほどひどくもない仕上がり。</p>
<p><em>　</em>迷いに迷って選んだカットソーを着て行った朝、同僚たちから「素敵」と褒められることはない。</p>
<p>「あれ、それ新しいやつだね」</p>
<p><em>　</em>それでおしまい。</p>
<p><em>　</em>ボーナスが出てから買ったちょっとおしゃれな通勤鞄は、社内で3人が色違いを所有していることに買った後で気がついた。</p>
<p>「このお茶菓子好きなんだよね。2個もらっても平気かな？」</p>
<p>「よくあるやつだから別に文句言われないんじゃない？」</p>
<p><em>　</em>わたしの買ってきたお茶菓子についての給湯室での同僚たちの会話。</p>
<p><em>　</em>可もなく不可もない存在感のないわたし。</p>
<p><em>　</em>英会話にも通ったけれど、国内取引ばかりの我が社で活用できたことはない。ヨーガのクラスにたまに出てるけど、落としたペンを拾うのすら体が硬い。先月、マラソン大会に出場する松嶋さんの応援に行ったが、手を振ってるわたしに松嶋さんは気がついたのか、気がつかなかったのか。とくに個別に声もかけられなかったが、翌日会社で一応のお礼は頂いた。小さなキャンディに「みなさん応援ありがとう」の文字。</p>
<p><em>　</em>目立たない。気づかれない。注目されない。愛されないし、苦にもされない。</p>
<p><em>　</em>愛されたくて、注目されたくて、服装にも、髪型にも、振る舞いにも、おかしなところのないように気をつけていたら、どこの誰でも構わないような存在になってしまっていた。</p>
<p><em>　</em>今夜はいつものコンビニとは違うコンビニで、イカの塩辛を買ってやる。臭いぞ。美味いぞ。若い女性らしくないぞ。ついでにストロングゼロも買ってやる。おまけにストローもつけてやる！</p>
<p><em>　</em>わたしは勢い込んで、2つ手前の駅で降りた。見慣れないコンビニに入ると、早速イカの塩辛の場所が分からずウロウロしてしまう。コンビニなんて、時短で買い物する場所なのに、うろつくわたし、なかなかいいよね。</p>
<p><em>　</em>店内は少し混んでいて、わたしはレジ待ちの列に加わる。すると、わたしの後ろから、ズルズル、ズルズルとだらしなく足を引きずった若い女の子がやってきて、そのままだらだらとレジカウンターの中へ入って行った。ズルズル歩いているわけは、彼女がサンダルを履いているからだと後ろ姿を見て気がついた。</p>
<p>「お次の方どーぞー」</p>
<p><em>　</em>いつの間にか彼女に呼ばれていたので、わたしはつい速足でレジに駆け寄る。店員である彼女があんなにダラダラ歩いていたのだから、客のわたしが急ぐことはないじゃないかと我にかえって嫌になる。</p>
<p><em>　</em>ちょっと意地悪な気分になったので、彼女に質問する。</p>
<p>「コンビニのお仕事ってサンダル履きオッケーなの？」</p>
<p><em>　</em>彼女はチラッとこちらを見やったが、小馬鹿にしたように鼻をフンと鳴らして言った。</p>
<p>「最近雨多いんで。もう乾いた靴がないんですよ」</p>
<p><em>　</em>同情をひくでもない、慌てて言い訳するでもない彼女の様子に思わずうっとりしたわたしに彼女が尋ねる。</p>
<p>「ストゼロ、ストロー要りますか？」</p>
<p><em>　</em>わたしが手を伸ばすタイミングで、ストゼロのストローすら普通の領域に入っていたようだ。</p>
<p><em>　</em>危険にチャレンジしたわたしのストゼロ。奇をてらったわたしのストロー。なんでもない普通の飲料。両端に穴のあいた単純な管。</p>
<p><em>　</em>わたしは結局普通から抜け出せない。先週の鼻くその彼女の向かい側に座った奇跡が、わたしに起きる精一杯の奇跡。</p>
<p><em>　</em>歩いて帰る気がなくなって、わたしはもと来た道を戻って駅にたどり着く。</p>
<p><em>　</em>人のまばらなホームに立ち、普通のストローで、普通のストゼロを啜って電車を待つ。イカの塩辛はレジ袋の中で割り箸と一緒に静かに家路をともにする。</p>
<p><em>　</em>やがて電車が滑り込みドアが開いても、鼻くその彼女が座っていることはもうないだろう。</p>
<p><em>　</em>どっちつかずの13番目の月がホームの上でわたしを嘲笑う。</p>
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<p>［© Choko Moroya］</p>
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