◉MUF(まふ)
Material Unaccounted Forの略。核物質、とりわけプルトニウムの管理についての査察用語で、帳簿上の在庫と期末実在庫との差を言う。不明物質量、行方不明量などとも呼ばれる。プルトニウムは、機器に付着したり廃棄物中に入り込んだりもするし、半減期に従って消耗もする。厳密な計量は不可能なため、MUFは確実に生ずる。
無理も通れば道理になる
大規模な再処理工場では、MUFの量も必然的に大きくなる。国際原子力機関(IAEA)により「核爆発装置の製造の可能性を排除できない核物質のおおよその量」と定義される「有意量」は、プルトニウムでは、現在の核兵器に使われている約4kgの倍になる年間8㎏(転換及び製造工程で避けることのできない損失を考慮した値)だが、それを優に超えてしまうんだ。六ヶ所再処理工場で適切な保障措置が可能なのかが問われるわけだね。
2002年2月。同工場に使用済み燃料の搬入が始まったころ。核物質管理学会日本支部の萩野谷徹前支部長は、次のような疑問を投げかけていた。
「六ヶ所再処理工場の保障措置についての発表は多々あるが、『計量検認ゴール』の量的な説明が何もなされていないので、果たしてこの再処理工場で年間8kgのプルトニウムが行方不明になった場合に、IAEAの保障措置当局がそれを探知できるのかが気にかかる。[中略]
保障措置の最大の技術的目標は『有意量の転用の適時の探知』であるが、六ヶ所再処理工場でも『有意量の転用の適時の探知』が可能であるとの論文は残念ながら見たことがない。IAEAや日本の保障措置関係者に聞いてもはっきりした答えは返ってこない」(『第22回核物質管理学会日本支部年次大会論文集』)。
萩野谷は、年間に約8トンのプルトニウムを扱う六ヶ所再処理工場では、探知精度の格段の向上を見込んでも、「計量能力の期待値」が年間50kgに達するとした。六ヶ所再処理工場建設のために設立された日本原燃サービスの初代社長を務めた豊田正敏は『日本原子力学会誌』2000年2月号に「容量800トンの六ヶ所再処理工場では、数十㎏程度となる」と書いている。同誌2015年9月号の座談会では坂田東一日本原子力研究開発機構特別顧問・元文部科学省事務次官が景気よく「200~300キロになるかもしれない」とぶち上げていた。さすがに景気よすぎだろ。
日本原燃再処理事業部核物質管理部の中村仁宣らは、よりもっともらしい考察の結果、20~30㎏程度としている(『第25回核物質管理学会日本支部年次大会論文集』)。いずれにせよ8kgを大きく超えることは確かです。
このためIAEAでは、当事者の日本原燃や日本政府もふくめて国際的な検討を行ない、さまざまな対応策を組み合わせることで核兵器に転用されていないことを検認できるとした。え? ホントにだいじょうぶ?
◉身元不明線源
日本保健物理学会の「身元不明線源問題検討委員会報告書」から引用する。
「身元不明線源は、英語の『Orphan Sources』の訳語として日本保健物理学会が当てたものである。 IAEA BULLETIN 41/3/1999 によると、次のような線源を含めた制御されていない線源のことを意味する。
(1)規制による管理を過去にも受けたことがない線源
(2)過去には規制による管理を受けていたが、遺棄、紛失、あるいは誤配置された線源
(3)盗難あるいは、正当な手続きなく処分された線源」。
絶対、拾っちゃダメなやつ
身元不明線源が拾われたりすると、放射性物質とわからずに扱って被曝する事故も起こる。日本では、古い話だけど1971年9月、千葉県市原市の造船所で非破壊検査用のイリジウム-192線源を紛失し、これを物珍しさから拾った下請け労働者らが被曝する事件があった。1997年12月発行の『放射線事故医療研究会会報』創刊号で放射線医学総合研究所放射線障害医療部の明石真言(まこと)室長が臨床レポートを載せている。
拾ったYS氏とその下宿を訪ねた友人5人が線源を次々と触り、うち2名はその部屋に宿泊したという。最も被曝線量が大きかったのは友人の一人であるSH氏で、被曝第1日目に食欲不振と吐き気が出現、同氏とYS氏には10日後頃から痛みの強い紅斑や水泡が現れる。臀部に線源が当たった(尻ポケットに線源を入れていたと報道にある)YS氏は、臀部に大きな潰瘍と壊死を生じた(穴があいたってこと)。睾丸も被曝し、一時的な無精子病になった。右手の指が瘢痕収縮を起こし、2回にわたって手術。腹壁の皮膚を移植した。その後も潰瘍と糜爛を繰り返し、親指、人差指の拘縮と骨の萎縮が始まり、1993年には病原菌に感染し疼痛が現れ、特に右親指で骨の萎縮がひどく、血管の閉塞が観測されたため2本の指を切断し人差指を親指の部位に移植した。
似たような事故は他にも頻発していて、海外ではさらに悲惨な例も多い。イリジウム-192やコバルト-60、セシウム-137などの線源を拾って持ち帰ったことから家族など数人が死亡するといった事故は、知識の普及で減少することもなくつづいている。線源を解体した廃品回収業者の死亡事故も同様だ。
線源が解体され金属スクラップに混入してリサイクルされれば、放射能に汚染した鋼材が製品に加工され、生活の場に入り込んでくる。汚染鋼材による放射能災害としては、台湾の汚染マンション事件が有名だね。1982〜84年に建設された台北市のマンションの鉄筋にコバルト-60が混入していて、壁から放射線が出ていた。85年に入居した歯科医のX線装置の検査で判明したにもかかわらず、当時の台湾の原子力委員会は、鉛で壁を補修するよう勧告したのみ。92年に改めて原子力委員会が確認するまで、事実上、放置されてた。他に、住宅や学校、事務所、道路などでも放射線が検出されたと報じられている。マンションの住民は移転したが、死者も出ていた。同じような事件は、89年にウクライナでも起きていて、団地の入居者が次々と死亡したと伝えられている。
身元不明線源の発生は、放射性物質に関する法令の不備、ずさんな管理、使用者の意識の低さが原因と言える。放射性廃棄物の管理を免除したり解除(クリアランス)したりすることが広がると、ますます平気で身元不明線源をつくり出す風潮となることが懸念されるよ。
ここ掘れワンワン
福島原発事故が身元不明線源を文字通り掘り起こした。2011年10月のこと。東京都世田谷区で放射線量の計測活動をしていた「世田谷子どもを守る会」のメンバーが局所的に放射線量の高い「ホットスポット」があると保坂展人区長にメールを送ったのがきっかけだ。区の測定でも高い放射線量を検出、民家の壁付近が特に高かったため所有者の承諾を得て調査したところ、数十本の瓶が入った木箱が床下にあったという。
その正体は、福島原発事故で放出された放射性物質ではなく、瓶に「日本夜光」と記載されていたというから、時計の文字盤に使われていた夜光塗料用のラジウム-226だったらしい。同じ2011年10月に同じく世田谷区内のスーパー敷地内でも、ラジウム-226入りの瓶1個が地中から掘り出された。こちらは駐車場を整備した際に不法投棄された可能性があるとか。
ここで脱線すると、米ラジウム社の工場で夜光塗料を時計盤に塗る作業で筆の穂先を舌で舐めて整えていた結果、放射線中毒になった女性工場労働者は「ラジウム・ガールズ」と呼ばれてる。自身が暗闇で光るようになっていたことから「ゴースト・ガールズ」とも謂うんだって。国際原子力機関(IAEA)がラジウムの使用を順次禁止し、使用量も厳しく規制されるようになると、トリチウムが代わりに使われ出す。今はそれも非放射性のものに切り替わっているのだけど、希少価値の高い旧式のものが高値で取引されているとか。あほかいな。そんな「掘り出し物」はよしとくれ。
◉メルトダウン
「米経済メルトダウン」とか「なぜ安倍政権はメルトダウンしたか」とかいった使い方もされるが、ここでは原子炉の炉心溶融を意味するものとする。
誰でもわかる嘘
日本原子力学会2011年秋の大会のセッションで、澤田哲生東京工業大学助教が「不明瞭な用語?メルトダウン?がもたらす社会的影響に関する考察」を発表したらしい。 予稿集に、こうあった。「福島第一発電所の事故に伴い、メルトダウンという言葉が一人歩きし、社会不安の発信源となっている。そもそもメルトダウンという言葉に明確な定義がなく、それは炉心溶融をさすものでもない」。
澤田著『誰でもわかる放射能Q&A』(イーストプレス、2011年)から引用しよう。
「実はメルトダウンの明確な定義はないんです。ですから、なかなかこれだといいにくいです。要は炉心の燃料が溶けて、ダウンしていくイメージですよね。1979年に公開された『チャイナ・シンドローム』という映画の中で、最初にメルトダウンという言葉が使われたんではないかと思うんですよ。俗語ですね。学術的な用語としてはほとんど使わないです。あいまいな概念なんです。炉心の燃料がかなり大規模に溶けて(メルト)、炉心のお釜の下の方に溶けていく(ダウン)、そういうイメージですよね。さらに、メルトスルーというんですけれど、それはお釜の底を突き破って、建屋のコンクリートも突き破って、さらに下まで突き破る…という考え。まるで魔物のようにズンズンと突き進んで、果ては地球の反対まで行き着くという空想です」。
相変わらずイイカゲンな奴ちゃなあ。「メルトダウン」の説明が「チャイナシンドローム」の説明に替わっているのはご愛敬としても(意図的に「メルトダウン」を空想に貶めようというんじゃないよね)、最初にメルトダウンという言葉が使われたのはいつかくらい、ちょっと調べてから書けよ。知らざあ言って聞かせましょ。「Merriam-Webster」によれば、炉心溶融の意味での最初の使用例は1956年だとさ。
メルトダウンの学術的な定義じゃないけど、2011年4月18日の原子力安全委員会に原子力安全・保安院が「福島第一原子力発電所1号炉、2号炉、3号炉の炉内状況について」報告した中でメルトダウンの概念が次のように整理されていた。「燃料集合体が溶融した場合、燃料集合体の形状が維持できなくなり、溶融物が重力で原子炉の炉心下部へ落ちていく状態をいう。メルトダウンの規模については少量の場合から 多量の場合によって原子炉圧力容器や格納容器との反応が異なる。多量の場合は原子炉圧 力容器等を貫通することもあり得る」と。これも知らんかった?
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