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極私的原子力用語辞典

西尾 漠

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第28回 「倍増時間」「廃炉」「白金族」

    ◉倍増時間

     数または量が2倍になるのに要する時間。プルトニウム増殖炉では、増加したプルトニウムが初装荷量に等しくなるのに必要な時間。

     

    夢のまた夢

     1993年5月23日、NHKが「プルトニウム大国・日本〔2〕核燃料サイクルの夢と現実」を放映した。2009年11月29日の「れんげ通信 blog」に高速増殖炉の倍増時間に関わる部分のみを文字化したものが載っている。

     「私たちは取材を進めるうちに、高速増殖炉がその根本に関わる問題を抱えているという情報を得ました。発電しながら新たなプルトニウム燃料をうみだすはずの夢の原子炉が、実際はそれほどプルトニウムを増やさないというのです。(メモを示して)これはもんじゅの次の増殖炉を設計している電力会社[日本原子力発電]のメモです。増殖炉の性能を示す倍増時間が計算されています。倍増時間は高速増殖炉でプルトニウムが増えて2倍になるまでの時間を言います。2倍になればもう一つ増殖炉を動かすことができます。このメモでは倍増時間が90年となっています。[中略]この増殖炉の場合1年間に増えるプルトニウムの量は65㎏に過ぎません。この増殖炉を1基動かすのに必要な燃料はあわせて5.7トンです。1年間に65㎏ずつ増やしいていくと、もう1基の燃料を増やすのに90年かかってしまう計算です」。

     整いました。いや、90年動かせるはずもないから、そもそもダメなんだぜ。

     これに対し、というか5月21日放送の「プルトニウム大国・日本〔1〕核兵器と平和利用のはざまで」も合わせて2回分の放送内容に対して当時の動力炉・核燃料開発事業団広報室が「NHKスペシャル放映に対する検討項目及び見解」をまとめ、「対外応答要領として使用して下さい」と本社各部長、各事業所広報担当課、各事業所に配布した。この時に限らずいつもそうやって、報道を受けて見解を問われるのに備えたあんちょこ(死語かな)をつくっているんだろう。

     ともあれそこに示された見解では、まず「増殖分を新たに建設する高速増殖炉に利用する際には、原子炉側だけでなく、再処理、MOX加工などの燃料サイクルとの整合性を取った評価を行う必要がある。即ち、原子炉の特性である原子炉倍増時間のみだけに着目するのではなく、加工、再処理などの燃料サイクルに要する期間を考慮したサイクル倍増時間で評価を行わなければならない」とある。

     むべなるかな、それはいい。どのみちすべてが絵空事だが考え方としては。けど、「サイクル倍増時間90年とした場合でも、10基導入されていれば9年後に1基を追加導入することが可能になる」と言われてもねえ。

     ま、いまや増殖しない高速炉になっちゃって、それも実用化は覚束ないんだから、ぶっちゃけどうでもいいか。「Google Scholar」で「倍増時間」を扱った論文を検索してみると、年を追うごとに本数が減り、2020年以降はゼロになってたよ。

     

     

    ◉廃炉

     原子炉を廃止すること、または廃止された原子炉、または廃止措置。

     

    言葉選び

     日刊工業新聞社の『原子力辞典』では「廃炉=原子炉廃止措置」とだけ。同社が先に出した『原子力用語辞典』や日本原子力研究開発機構の「原子力基本用語集」、インターネット上の原子力百科事典「ATOMICA」には見出し語に「廃炉」はない。つまり、原子力用語じゃあないのね。

     『広辞苑』『大辞泉』にも「廃炉」はなく、見出し語に採用しているのは、『大辞林』『新辞林』が「寿命を迎えた原子炉」、ウェブ版「知恵蔵」では「使用しなくなった原子炉を解体・撤去すること」とバラバラ。多様性の時代ですな。『日本大百科全書(ニッポニカ)』は「大規模な原子炉事故や耐用年数経過などのため、解体などによって将来にわたって原子炉の運転を停止処分にすること」、『ブリタニカ国際大百科事典』は「運転を終了した原子炉施設の廃止」。「デジタル大辞泉」には「1 溶鉱炉・焼却炉などを廃止すること。また、廃止された炉。2 原子炉の機能を永久に停止させること。炉心から燃料を取り出し、施設を解体し、放射性廃棄物を搬出する。廃止措置と同義」とあった。

     原子炉廃止措置の意と考えるのがいちばん「正解」っぽいようだが、「正解」だから正しいてえもんでもないさ。

     「廃炉」という言葉がさまざまな使われ方をしていることから、注意を促す議論があった。2013年10月26日に三重県津市でおこなわれた講演会で、福島原発事故の現場に入り、収束作業に就いていた北島教行フリーター全般労働組合執行委員が「反原発市民が『廃炉』と叫んでいるのを聴くと、現場で働く自分たちの命を軽視されていると感じる」と現場の実感を話したという。「社会が廃炉を求め、廃炉作業が急がれれば、被曝対策も不十分なうちに作業員が投入され、かれらの命が削られていく」と受け止めた「原発おことわり三重の会」の柴原洋一が、毎年「もんじゅを廃炉に」と銘打ってきた全国集会の実行委員会メンバーに「『廃炉』という用語、正確には『廃止』だと思いますので、そっちにしませんか?」と提起したのだ。

     我が盟友の提起だけど、けっきょく大きな議論にならなかったのは、「もんじゅを廃炉に」と聞いて感じるという「現場の実感」に普遍性がないと思われたからだったか。卑見をもってすれば、「もんじゅを廃炉に」が「もんじゅを廃止措置に」と聞こえたとしても、「廃炉作業を急げ」と受け取られるとは考えにくいんじゃない。

     

     

    ◉白金族

     白金および白金に似た性質を持つ元素の総称。ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、および白金の6元素を言う。

     

    さっぱりわからない

     6元素とも金属なので「白金属」という言葉もあり、化学辞典類はどれも「白金族」のみを載せているが、学術論文で「白金属」を使っているものも少なくない。1本の論文中にどちらも出てくる例があるものの、どう使い分けているのか愚拙浅学にして理解が及ばない。金属の専門家である知人に尋ねたところでもわからんかったのだから如何せん。

     原子力百科辞典「ATOMICA」では、見出し語としては「白金属元素」だ。「白金属元素は使用済核燃料の再処理に伴って発生する高レベル放射性廃液中に含まれているので、これを分離・回収する方法(群分離法)が研究されている」などの記載がある。他方、「群分離」の説明中では「白金族」が使われている。

     ま、いいか。

     

    泣ける

     白金族を高レベル放射性廃液中から分離・回収する方法が研究されているのは、希少金属を有効利用するためだそうだが、それより何より廃液をガラス固化するのに邪魔になるためだろう。白金族は、ガラスにほとんど溶けずに溶融炉の底に堆積する。「使用済燃料中のルテニウム、ロジウムおよびパラジウムは、その多くが高レベル放射性廃液に含まれ、これらが溶融炉内で沈降・堆積すると、ガラスの流下性低下の原因になる」と、日本原燃がホームページで説明している。「困難との戦いのはじまり~ガラスの流下性低下~」の涙誘う物語から引用しよう。

     2007年11月に試験を開始してすぐのことだ。

     「12月、ガラス溶融炉内の溶融ガラスの粘性が高くなり、流下に時間を要したことから試験を中断し、溶融炉内にある溶融ガラスを一旦抜き出す作業を実施しました。

     中断した試験の早期再開に向け、溶融炉内にカメラを入れ、詳細な点検を行うとともに、残留物の除去作業などを全力で進め、2008年7月に試験を再開しました。

     約半年間中断した試験を再開できたことで、焦燥感が漂っていた現場に活気が戻ったのもつかの間、試験再開の翌日、再びガラスの十分な流下を確認することができなくなり、1本のガラス固化体を製造することなく再び試験を中断しました。[中略]

     10月に試験を再開しました。

     再開した試験では、安定した状態でガラス固化体15本を製造しましたが、さまざまな状況下での安定運転を確認するため、不溶解残渣を廃液に混ぜたところ、炉底部に白金族元素の堆積を示す兆候がみられ、徐々にガラスの流下性が低下したことから、洗浄運転を行い、溶融炉内の回復に努めましたが、状況が改善しないことから、炉底部に堆積した白金族元素を強制的に抜き出すため、かくはん棒を使ったかくはん運転を実施し、全力で復旧作業に取組みました。

     かくはん運転を実施中の2008年12月、かくはん棒の動きが鈍くなったことから、溶融炉内にカメラを挿入したところ、かくはん棒が曲がっていることが判明。

     さらには、天井レンガの一部が落下していることも確認されました。相次ぐ困難に直面し、現場には悲壮感も漂いましたが、『ガラス固化技術を確立させるんだ!』という強い使命のもと社員が一致団結し、あきらめずに立ち向かった結果、遠隔操作によるレンガ回収装置を短期間で開発。

     そして、熟練した遠隔操作員の技術により、2010年6月に落下したレンガの回収に成功しました。[中略]

     2012年1月のガラス固化試験再開後は、着実に試験項目を消化し、ガラス溶融炉の安定した運転を確認することができました」。

     長いことお付き合いいただき恐縮です。とまれ、めでたしめでたし。「国によるガラス固化設備の使用前検査に向け、確認すべき項目の試験は全て完了し、ついに、国内外の英知を結集したガラス固化技術を確立することができました」。

     でも問題は「国によるガラス固化設備の使用前検査」に無事合格できるか否か、ですよ。

     実はガラス固化試験が始まる前の2007年2月2日付『東奥日報』で筆者は、「ここを失敗すると工場は動けなくなる」とコメントしていた。予言が当たったと誇りたいんじゃないよ。同じ記事で当の日本原燃の青柳春樹再処理工場技術部長こそが「廃液ガラスが機器に詰まるトラブルなどが起きる可能性がある」と、さすがに始まってすぐとは思ってなかったろうけれど、勿体らしく予言していたんだから。

     でも、また予言しちゃおうかな。使用前検査に失敗して、やはり動けなくなると。いや、そもそも六ヶ所再処理工場竣工が逃げ水のていたらくじゃ、使用前検査にまで行きつかないと予言するほうがよかろうか。これ、きっと当たる。

     

     

     

     

    [© Baku Nishio]

     

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    連載記事

    第1回 「まえがき」「IAEA」

    第2回 「Atoms for Peace」「安全性」

    第3回 「SMR」「エネルギー基本計画」

    第4回 「核管理社会」「核セキュリティ」

    第5回 「核燃料」「核燃料サイクル」

    第6回 「核武装」「核融合」

    第7回 「規制の虜」「クリアランス」「計画被曝」

    第8回 「原子力安全委員会」「原子力委員会」「原子力規制委員会」

    第9回 「原子力基本法」「原子力資料情報室」

    第10回 「原子力船「むつ」放射線漏れ」

    第11回 「原子力の日」「原子力ムラ」「原子力ルネサンス」

    第12回 「原子炉」「原子炉立地審査指針」

    第13回 「高温ガス炉」「高速増殖炉」

    第14回 「高レベル放射性廃棄物」

    第15回 「国策民営」「国産エネルギー」

    第16回「再稼働」「再処理工場」「JCO臨界事故」

    第17回 「事故隠し」「司法リスク」「使用済み燃料」

    第18回 「スリーマイル島原発事故」「全国原子力科学技術者連合」

    第19回 「多重防護」「脱原発」「脱炭素電源法案」

    第20回 「チェルノブイリ原発事故」「チェレンコフ効果」「中間貯蔵」「中性子源」

    第21回 「TRU」「停電」「低レベル放射性廃棄物」

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    第36回 「量子工学」「劣化ウラン」「六ヶ所核燃料サイクル施設」