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極私的原子力用語辞典

西尾 漠

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第12回 「原子炉」「原子炉立地審査指針」

    ◉原子炉

     日本原子力研究開発機構の「原子力基本用語集」によれば「核分裂の連鎖反応を制御しながら持続させ、エネルギーを発生させる装置のこと」。

     

    そうだったんやー

     和英辞典で「原子炉」を引くと、reactor(nuclear reactor)とかpile(atomic pile)とかが現れる。しかし「原子炉」と訳された元の英語はatomic ovenだった、と東芝原子力事業部の深井祐造技術顧問が日本原子力産業会議の『原子力資料』286号で調査結果を発表している。題して「『原子炉』の語源-何故、“REACTOR”は『原子炉』なのか-」。実に36ページに亘る労作だ。前年の『科学朝日』1994年4月号に「発端はオーブンと『科学朝日』? 『原子炉』の訳語の源を探る」を、『原子力資料』が95年5月に発行される直前の『日本原子力学会誌』95年4月号に「『原子炉』の語源 何故、“REACTOR”は『原子炉』なのですか?」を書いている。いつから関心を抱いて調べ始めたのかはわからないが、reactorを「原子炉」と訳すのに違和感があったかららしい。

     元の英語は、主流だったpileやreactorでなくatomic ovenだというのは、調査結果によれば「原子炉」の訳語が初めて使われた『科学朝日』1946年8月号のAP通信社の外電にそう記されていたらしいからである。原英文は失われていたが「Anatomic oven can run as hot as man wishes」と読める一片があったとAP通信本社から知らされた。同年5月に米ピッツバーグで開かれたウエスチングハウス社生誕100周年記念講演会で講演したエンリコ・フェルミの言葉を紹介した記事の切れ端と見られ、『科学朝日』の訳文「原子炉によってわれわれはかねて望んでいる高温を得ることができる」(原文は旧字旧かな)と合致している。著書でもatomic ovenを使っているAP通信社の科学記者ハワード・ブレークスリーが書いたものと推定された。1年前の1945年に出版された武井武夫著『原子爆弾』(同盟通信社)にブレークスリーの外電が紹介されていて、その中に「原子窯」と出てくるとか。なるへそatomic ovenだよね。

     ともあれその後、「原子炉」はpileやreactorの訳語としても定着する。1954年に初の原子力予算案が国会に上程され、政府公文書に「原子炉」が使用されて以降、国内では「原子炉」以外の表現は見られなくなったとか。

     

     

     

    ◉原子炉立地審査指針

     「原子炉立地審査指針及びその適用に関する判断のめやすについて」の略称。1964年5月に原子力委員会が決定した原子炉立地の適否を判断するための指針だが、2012年9月に発足した原子力規制委員会はこの指針を用いないとした。

     指針は、まず原則的立地条件として、(1)大きな事故の誘因となるような事象が過去においてなかったことはもちろんであるが、将来においてもあるとは考えられないこと、また、災害を拡大するような事象も少ないこと。(2)原子炉は、その安全防護施設との関連において十分に公衆から離れていること。(3)原子炉の敷地は、その周辺も含め、必要に応じ公衆に対して適切な措置を講じうる環境にあることを掲げている。基本的目標は次の三つ。

     ①敷地周辺の事象、原子炉の特性、安全防護施設等を考慮し、技術的見地からみて、最悪の場合には起るかもしれないと考えられる重大な事故(「重大事故」)の発生を仮定しても、周辺の公衆に放射線障害を与えないこと。

     ②更に、重大事故を超えるような技術的見地からは起るとは考えられない事故(「仮想事故」)の発生を仮想しても、周辺の公衆に著しい放射線災害を与えないこと。

     ③なお、仮想事故の場合には、集団線量に対する影響が十分に小さいこと。

     そこで立地審査の指針としては、

     1. 原子炉の周辺は、原子炉からある距離の範囲内は非居住区域であること。

     2.原子炉からある距離の範囲内であって、非居住区域の外側の地帯は、低人口地帯であること。

     3.原子炉敷地は、人口密集地帯からある距離だけ離れていること。

     以上の指針に加えて、「指針を適用する際に必要な暫定的な判断のめやす」がワンセットとなっている。

     

    ご冗談が過ぎます

     と、ご立派な指針だが、原子力安全委員会が2003年2月6日、原子力安全基準専門部会からの報告を妥当なものと認めた「『安全審査指針』の体系化について」には、こう書かれていた。

     「わが国で現在運転中もしくは建設中の原子力発電所等では『立地審査指針』に規定されている『非居住区域』・『低人口地帯』として『必要な範囲』はほとんど全て原子炉施設の敷地内に包含されており、また、『必要な範囲』が敷地外に及ぶ場合には、その範囲については地役権設定などの措置がとられるのが通例となっている。

     つまり、設置許可上必要な原子炉の安全性は、実質的に、原子炉施設の敷地内で確保されているといえる」。

     びっくり下谷の広徳寺、恐れ入り谷の鬼子母神。いや、そうなるような審査をしてきたんだ。福島原発事故が起こった後の「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」で2012年2月15日、事故当時の原子力安全委員会委員長だった班目春樹が質問に答えて曰く「仮想事故だとかいいながらも、実は非常に甘々の評価をして、[放射性物質が]余り出ないような強引な計算をやっているところがございます」。

     おいおい、正直ならいいってもんじゃないだろ。

     立地条件のすべてにおいて、甘々の評価がされてきた。福島原発事故が起きてみれば、じゃなかった、そもそもの決定当初から立地審査指針は現実離れしていた。

     そんな実情を脇に置く形で2013年1月11日の原子力規制委員会「発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チーム」は、新たな規制基準で立地審査指針の要求内容をカバーできるとして、立地審査指針を「廃止」するでもなく、「新基準では、旧原子力安全委員会の立地審査指針にリンクを張らなくていい」こととした。

     解せないな。立地審査指針と規制基準は異なった考えのもとにつくられている。用いなくてよいのではなく、立地条件に立ち返って実効性あるものに変えるのが原子力規制委員会の任務ではなかったのか。って、またエラそうなこと言っちゃった。反省。

     「指針策定の作業を手伝った」という日本原子力発電の板倉哲郎技術顧問が1997年8月4日付電気新聞で、「なぜ仮想事故が考えられたか、あるいは周辺低人口がなぜ考えられたか」をこう説いていた。「現行指針の根底の思想は、原子炉というものは極めて大きい潜在的危険性を持ったものであり、これを平和利用するためには常に潜在的危険性より公衆を守る事を第一義にする事である。原子炉施設が工学的に如何に安全に出来ていようが、潜在的危険性を無くすることはできない」と。

     言うやよし。ただ、指針の出来がお粗末だった。それに他のところでは板倉さん、真逆のことを言ったりもしていなかったっけ。

     

    原子力村始末

     1999年9月30日、茨城県東海村のJCO核燃料加工工場でウランの精製作業から臨界事故となり労働者2人が死亡、日本で初めての住民避難が行われたことを受けて茨城新聞は、 2000年1月4日から「原子力村」の連載を始める(2003年、那珂書房より茨城新聞編集局編著『原子力村』にまとめられた)。旧来の用語法による「原子力村」だ。と、それは蛇足。連載の中の「幻の都市構想」で、日本原子力産業会議の森一久副会長の言葉が「万一の事故を直視した草創期の理想が生かされなかったのが悔やまれます」と記されている。

     1959年6月、科学技術庁長官・原子力委員長に就任した中曽根康弘衆院議員は、東海村の原子力センター化を進めるための原子力都市計画を画策。そこには、周辺地帯の一部を緑地帯とすることなどが盛り込まれていた。計画に基づき「原子力施設地帯整備法案」が作成されたものの、関係各省との調整に行き詰り国会提出には至らなかった。61年9月、日本原子力産業会議は「原子力施設地帯整備特別委員会」を設置、同委員会の井上五郎委員長をふくむ原子力委員会「原子力施設地帯整備専門部会」が62年9月に発足した。64年12月の専門部会答申は「原子力施設隣接地区(原子力施設から原則として2km未満)には、つとめて人口の増加が生じないよう、近傍地区(原則として2km以上6km未満)には、規模の大きい人口集中地区が存在しないようそれぞれ配慮する」などとした。

     これが森副会長の言う「草創期の理想」である。しかし、当時の村役場関係者は「学者の机上の話と受け止めた」という(『原子力村』)。茨城県が策定した「東海地区原子力施設地帯整備基本計画」は「原発サイト周辺に、大小の公園と緑地を14ヵ所まばらに指定しただけであった」と茨城大学の乾康代非常勤講師は「原子力開発黎明期の原子力政策と都市計画」(『日本建築学会径角形論文集』第86巻)で批判する。もっとも、乾から見れば、森副会長の日本原子力産業会議こそが原子力ムラの巣窟、原子力センター構想の元凶である。

     都市計画を専門とする乾は、その視点から東海村における原子力発電所立地規制について数々の著作があり、論文の多くはインターネット上で公開している。茨城大学の前教授で名誉教授になっているが現職の非常勤講師を名乗っていて、2021年9月5日の東海村長選で現職に挑み及ばなかった時の肩書も非常勤講師だった。

     

    下手の大連れ共崩れ

     話を戻すと、原子炉立地審査指針を原子力委員会が決定したのが1964年5月。1958年4月に設置された原子炉安全基準専門部会が63年11月に原子力委員会に答申していた報告書をいろいろ書き換えて委員会決定とした。本来あっておかしくないことだけど、珍しいよね。たいがいは、答申のままだ。

     それはともかく同じ時期に立地審査指針づくりと施設地帯整備が並行していたことになる。だけではない。通商産業省も1958年6月以来、原子力発電所安全基準委員会が立地基準の調査検討を行っていた。61年3月に第一次報告書を通産大臣に提出している。河合武『不思議な国の原子力』(角川新書、1961年)に、こう書かれていた。

     「人口密度についても、あまり低くしては敷地がなくて設置者が困るだろうという『親心』から、かなりゆるい基準として、『半径5キロは1平方キロ当り250人(ちょうど日本全国の平均)』という線を出した。

     しかしその時突如原電[日本原子力発電]からきつい申入れがあった。『東海村は人口密度380人なのだからそういう基準では不合格になる』というのである。原電あたりの鼻息をうかがうことにかけては人後におちない通産省の担当者ではあり、また専門委自体、規制される側の電力会社の原子力課長などの集まりであってみれば、『これはここだけの話。基準案は白紙にかえして再検討』となったことはいうまでもない」。

     けっきょく答申では「現在それらの数値を定量的に決定することは困難」となった。さすが「規制の虜」!

     ちなみに東海村の人口密度は2023年1月1日現在、1平方キロ当り998.9人(茨城県統計課「茨城県常住人口調査」、国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」)だそうな。

     

     

    [© Baku Nishio]

     

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    第1回 「まえがき」「IAEA」

    第2回 「Atoms for Peace」「安全性」

    第3回 「SMR」「エネルギー基本計画」

    第4回 「核管理社会」「核セキュリティ」

    第5回 「核燃料」「核燃料サイクル」

    第6回 「核武装」「核融合」

    第7回 「規制の虜」「クリアランス」「計画被曝」

    第8回 「原子力安全委員会」「原子力委員会」「原子力規制委員会」

    第9回 「原子力基本法」「原子力資料情報室」

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